Under the Rose
11.茨の庭(3/3)
真の視線の先に居たのは、先ほどの長身の男――――確か、キースという名の男の姿。
そして、そのすぐそばに倒れているのは真が追っていた男。
意識を失っているのか、少しも動かない。そのため、真がその男を確認するまでには数秒の時間を要した。
「あぁー、おじさん。その人変質者なのよぉ、助かっ……!?」
途切れた言葉とともに、一歩踏み出した体勢のままで固まってしまう真。
その場にいるのは倒れている男とキース、そして自分の三人だけかと思っていたがそれは大間違いだった。
人がいる。
それも、一人や二人ではない。
二桁いるかいないかという人数の人間が、全員同じ格好をしてキースを広く囲むように立っている。
例外なく黒いコート、あるいはマントのようなものを着ていたために闇に溶けて真の位置からは分かりづらかったのだ。
「あ、あはは……皆さま、お取り込み中だった?」
その異様かつ不気味な光景を目にして、思わず出た笑いも引きつってしまった。
「いや……」
小さく呟くキース。表情こそ変わらないが、声には少なからずの波がある。
言葉に合わせて軽く首を横に振り、先ほどから固まってしまっている真の方へと歩み寄った。
たったそれだけのはずなのに、キースが動いた瞬間に周囲には只ならぬ緊張のような何かが走る。
真はその異変を見逃さなかった。
その場から逃げるように、キースが近づいてくる速度に合わせてじりじりと後退する。
「私は失礼しようかな、なーんて……」
「その必要はない」
「っ!?」
まるで、逃げる真の退路をふさぐようにして突如目の前に現れる人影。
同時に、キースの周囲にいた人間たちが動き出し、真を取り囲む。
「なぁに? ……揃いに揃って、随分物騒なものを持ってるわね」
それぞれの手に握られている刃物を見て、真の表情から笑顔が消えた。辺りを見渡しながら警戒を強める。
「まずは一つ。この無法者を誘い出してくれた事、感謝する」
この無法者、というのはおそらくキースのそばに倒れている男のことだろう。
どうやら、辺りを騒がせていた事件の犯人はこの男でまず間違いないらしい。
「……」
また一歩、キースが真に近づいた。
だが、先ほどまでと違い退路を絶たれてしまった真は下がることができない。
「そして二つ目。若き吸血鬼よ、お前にはここでひとつ決断をしてもらおう」
「……どうして、私が吸血鬼だってこと知ってるのかしら?」
「目を見れば、同族であることくらい分かる」
「そう、そういうことなの……」
青白い肌に、どこかあいまいで生気を感じさせない目。
ああ、なんで今まで自分は気付かなかったのか。ぬるま湯に浸りすぎた代償か、と真は唇を噛んだ。
こちらのことを若いと言っている以上は、相手はそれなりに長生きしているのだろう。
それならば、決して力は弱くないはず。
狙われるような覚えはないが、決して穏やかではないこの状況。
まさかこんな事になるとは夢にも思わなかったために、ろくな得物も今日は持ち合わせていない。
「……」
ふざけた冗談を考えている余裕も、さすがに今の真にはなかった。
「小夜啼鳥を知っているか?」
「ないち……なんて?」
「小夜啼鳥……いってしまえばハンターの一団だ。そして、お前を連れて来いとの命令を受けた」
ハンター。
何故、追う側であるハンターの一団に、追われる側の吸血鬼が組しているのだろうか。
知り合ったばかりの男に突然わけのわからない事を言われ、真の思考はひどく混乱した。
「ふーん。で、何? 決断ってのは、とんでもなく怪しいあんたらにおとなしくついて行くか……ついて行かないかってこと?」
「そういうことだ。こちらもあまり時間がなくてな」
「……」
ちらちらと、自分の周囲を見渡す真。今話をしているキース本人は落ち着いているが、それ以外の人間からは
わずかではあるが殺気が漂っている。まあ、それぞれそれなりのものを構えているのだから
全くなかったとしたらそれはそれで疑ってしまうのだが、どちらにしても穏やかではない。
「危害は加えない。過去のことで、少しお前に聞くことがあるだけだ」
「やぁよ」
「何?」
「いーやーよー! 怪しい人についてっちゃ駄目だってことくらい知ってるわ!」
「……」
「えっ? あ、うあ、ちょ、いやっちょっ止めてっ!!」
緊張に色々な意味で慣れてきたのか、はたまた砕けた物言いで辺りのただならぬ状況を突き崩そうと考えたのか。
ふざけた態度を取る真を、周りにいた人間が取り押さえた。
力ずくで地面にねじ伏せられ、抵抗も数の力には勝てない。
最初は往生際悪くばたばたと暴れていたが、それも眼前に突きつけられた刃物を見るなりぴたりと止んだ。
「どうする?」
「……やな感じ」
地に伏せる体勢になっている真からは、目の前に立っているキースの表情はうかがえない。
だが、視線がまっすぐにこちらへ降りてきていることは分かる。
いい気分なんてするはずがない、と真は軽く舌打ちした。
「……さあ、どうする?」
「いーやーよ」
先ほどと同じように、わざと音と音を伸ばし相手を挑発するように抵抗する真。
「……」
それを聞くなり、キースが周りの者に合図を出そうと片手を上げ――
「嫌ったら嫌よ! 出会ったばかりなのに、はいそうですかと信用してついていけるわけないでしょうがッ!」
――かけて、すぐに下ろした。
頑なだったキースの表情に、わずかにではあるが驚きのような色が混じる。
「離せー! 離しなさいよぉーっ!!」
「……構わん。解放しろ」
「うぎゅっ」
一瞬、わずかに身体が持ち上がったかと思うと、真の身体は周りの人間という物理的な支えを失い再び地面にぶつかった。
浮いた地点から地面まで距離はほとんどなかったが、受け身も取らずに顔面からぶつかってしまい
その衝撃に真は思わず間抜けな声を上げる。
「……真と言ったか、若き吸血鬼」
「……」
「気が変わった。返事は、明後日の晩まで待とう」
「……それはまた、どうも」
皮肉めいた真の返事には、多少の安堵が混ざっていた。
一人残され、ようやく立ち上がる真。服についた埃をぱたぱたとはらい、続けて深いため息。
「……」
自分の知らないところで、何かが動いている。
そして、関係ないそぶりをしていてもその何かは自分を内へ内へと絡め込んでいく。
そんな事を考え、真は二度目のため息をつかずにいられなかった。
「……人間となんら変わらなかったら、こんなに追っかけまわされる事もなかったのかしらねぇ」
静かに呟く。
歩き出した真のそばを、気持ちの悪い風が吹き抜けていった。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴