Under the Rose
11.茨の庭(2/3)
そんな出来事から、数日が経過した。
一連の事件が起きている場所は、正確にいえば真のテリトリーからは外れている。
近くもないが遠くもない。
「(……うん、いや、えーと)」
それにも関わらず、真はその晩も数日前と同じ場所に立っていた。
そして、隣にはあの長身の男の姿。
雨が降っていようが晴れていようが気難しい表情は変わりないようで、真がいることに気付いてはいるようだが
特になにか反応を返すといったことはない。
真からしてみれば、とても気まずい。
鳥かごを抱えていた少女は今日はいない。そのため、以前と比べ何倍も気まずい。
どちらかが場所を移動すればいいだけの話なのだが、どれだけ時間が経過しようとも状況は変わらなかった。
「おじさん、よく会うわね」
「……」
男から返事はない。それどころか、反応一つ返ってこない。
「この辺りは物騒だから、うろついてると危ないわよ。それとも、何? おじさんが噂の殺人犯?」
「……」
『殺人犯』という言葉に反応したのか、この瞬間はじめて男が真のほうを見た。
とはいっても、頭はほとんど動かさずに視線だけを横にずらした。
ろくな返事がないのは無愛想な性格だからなのか、はたまた言葉が通じないのか。
今の時点でそれを判断できる手がかりはない。
「なぁに? ……もしかして、当たりとか?」
「……違う」
一言だったが、その言葉は確かにこの国のものだった。
どこまでかは分からないものの、真の言葉を理解していることは確からしい。
「そう、じゃあ気をつけてね。私はもう帰るけど」
「待て」
「言っとくけど、私は犯人じゃないからね」
「知っている。お前、名は?」
礼儀もなにもないのはお互い様として、それを抜きにしても男の喋りは無愛想なものだった。
完全に違和感がないというわけではないが、片言というほど不慣れでもない言葉。
上手下手ではなく、男の喋りにあるイントネーションはただの癖なのかもしれない。
「真。けど、こういう場合は自分から名乗らない?」
「……キース。キースで構わない」
どこか含みのあるキースの返事を、真は特別何も気にとめなかった。
くるりと彼に背中を向け、歩き出すと同時に軽く手を振る。
一人残されたキースは、真の後ろ姿を完全に闇の中に消えるその瞬間までじっと見つめていた。
帰り道。
嫌な夜だ、と真は思った。
先ほど会ったキースのことではない。確かに愛想はなかったが、会話は十分すぎるほどに成立していたし
嘘をついているようなそぶりでもなかった。今真が感じているものは、何の前触れもない予感である。
「……」
そういえば、事件の二人目の犠牲者が見つかったのはちょうど今立っている辺りだっただろうか。
ずいぶん前のニュースでよく似た場所が映っていた気がする。
そんな事を考えながら、ふと真は歩みを止めた。コートのポケットに両手を入れたままで立ち尽くす。
背後で、何かが動いた。
「――ッ!?」
何が動いたのかを確かめる前に、真の身体は自由を失った。後ろから、羽交い絞めにされ押さえつけられる。
必死に抵抗する真。だが、相手の力は想像以上に強くなかなかふりほどくことができない。
人間の出せる力ではなかった。
「(……同族ならっ!)」
もし、相手が人間であれば、たとえこちらが被害者であっても多少の手加減をしなければならない。
正当防衛とはいえ誤って殺してしまうと面倒なことになる。
が、打たれ強い同族であるなら話は別だった。多少無茶な反撃をしても、死ぬまではいかないだろう。
そう判断した真は、着ていたコートから小型のナイフを取り出した。
投擲用のものだが、どんな状況でも必ずや投げなければいけないというものではない。
それを右手で二本取り出すなり、素早く自らの背後にいる何者かへ突き刺さるように腕を振った。
運良く、それは一回目で二本とも刺さった。
少し勢いが良すぎたのだろうか、それとも当たり所が悪く目などに刺さってしまったのだろうか。
声にならない声を上げながら、相手はすぐに真のそばを離れ――
「あ、ちょっと! 待ちなさいってばぁ!!」
振り返り、逃げるようにして走り出した。一瞬遅れるようにしてすぐに真もそれを追う。
逃げる背中を見る限り、薄汚れた服を着た若い男。
そのまま立っているだけなら人間と見分けがつかないかもしれない。
が、その足の速さは力同様人間のそれを超えている。
「待ちなさぁーいっ!!」
声に反応しちらりと後ろを見る男。思わず、流れる血で真っ赤になった自らの両目を見開いた。
速い。
ただの女だと思っていたのに、尋常でないほどに俊足なのだ。
このままでは追いつかれてしまう。そう思った男は今以上に走るスピードを上げる。
それだけでは意味がないと、目の前にある角という角をできるだけ不規則になるように曲がってみた。
「は、はぁ……っ! な、なんだよあの人間……!」
少しずつ後を追ってくる足音が遠ざかる。しめた、と男は思った。
確かに相手の足は速かったが、それを維持するだけの持久力を持ち合わせていなかったのだ。
ほっと胸をなでおろす男の先に、開けた空間が見えた。
「だあぁーっ! どこよ、どこなのよ……げほっ……」
咳き込みながら、走る速度を少しずつ下げていく真。
全力とはいえ、走ったのは少しの距離。
ここ数年ろくに身体を動かしていなかったせいで、体力が落ちてしまったのだろうかと真はつい不安になった。
そうにしても、過去これほどまでに身体が疲れを訴えたことはない。
「げほ、はっ、はぁっ……」
動かす度に重さを増す身体は、ついに走ることすら拒否しはじめた。
男のシルエットが見る見るうちに遠ざかり小さくなっていく。
今更何事もなかったかのようには帰れない。気力をなんとか引っ張りだし、再び真は走り出した。
姿が見えなくなった後も男の気配を追い続け――やがて、開けた場所に出る。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴