Under the Rose
11.茨の庭(1/3)
追われる側であった一人の吸血鬼と、追う側であった二人のハンターの邂逅の時から、十年が過ぎようとしていた。
街は当時の姿をとどめることなく、そこに行き交う人々の雰囲気も確実に違うものになっている。
そう、真と姉妹が出会った時も――今のように、秋から冬へと移り変わろうとしている時期だった。
急かすような冷たい風が吹き、吐く息は白い。
「……」
そんな季節に似合わぬ突然のどしゃ降りから逃げるようにして、雨宿りをする一つの人影があった。
胸に届かない長さの黒髪を一つに束ね、なにやら落ち着かない様子であちらこちらに視線をやっている。
どうやら、雨足が弱まるのを見計らっているらしい。
水気を含み重くなってしまったコートを見て、不機嫌そうに眉を寄せた。
十年前と比べ着ている服や髪型こそ違うものの、全く老けた様子のない真の姿。
その真を挟むようにして、二人の人間が同様に雨宿りしていた。
左にいるのは幼い少女。まっすぐな長い髪、端正な顔立ち。布がかけられているために全体は見えないが
小さな身体では両手に抱えるのがやっとという大きさの鳥かごを抱えている。
右にいるのは長身の男。
黒に近いこげ茶色の髪をオールバックにしており、爬虫類を連想させるぎょろりとした両目は三白眼。
顔立ちの深さからするに、おそらくは外国人。気難しそうな表情を浮かべて、じっと立っている。
目が合った時になんとなく反応に困りそうだ、と真は早々にその視線をそらし再度少女のほうを向いた。
「あ」
思わず間抜けな声を上げてしまう真。直前まで全然関係のない方向を見ていた少女が、こちらをまっすぐに見上げていた。
だが、二人の間にある決して小さくない身長差のおかげで、見るからに少女がとっている体勢は辛そうだ。
すぐにまたどこか別の場所を見出すだろう、と思った真だったがその予想は見事に外れ、少女がこちらから視線を外すそぶりはない。
仕方ないとしゃがみ込み、少女と視線の高さを合わす。
「……」
外見からして中学生……いや、小学生くらいだろうか。こちらも長身の男同様に外国人のようだ。
育ちの良さそうな――いかにもお嬢様といった雰囲気。
かぶせられた布の隙間から見えた鳥かごの中は空だった。
「一人?」
長い時間見つめあうというのもなかなかに気まずいもので、たえかねた真は声をかけてみることにした。
こくり、と頷く少女。
こんな人気のない場所で――といっても今は真含め三人もいるのだが――その上夜だというのに、小さな少女が
なぜこんなところをうろついているのだろうか。
親とはぐれたのか、と聞けば首を横に振る。どうやら誰かと一緒にいたわけではないらしい。
「いいこと教えたげようか。この辺りはね、人を何人も殺してるわる〜い人がうろついてるの。知ってる?」
怖がる様子もなく、淡々と頷く。あまりにも迷いのないその返事に、真は返す言葉が見つからなかった。
数週間ほど前になるだろうか。
一人の若い女が行方不明になり、そして数日後に遺体で発見された。
ここで話を終えれば、どこかで毎日必ずといっていいほど起こっているような事件と変わりない。
違うのはここからだった。
見つかった女の遺体には、外にも、中にも――血が一滴も存在しなかったのだ。
どこか不気味なこの事件の犠牲者は、日を追うごとに増えていった。二人、三人、四人、果てには九人。
遺体は全て同じ一帯で見つかり、例外なく全身の血という血を全て抜かれていた。
これほどの人間を手にかけておきながら、手がかり一つ残さない犯人。
いつしか、事件現場付近の一帯にあらぬ噂が立つようになった。
『その通りに足を踏み入れたら最後、決して通り抜けることは出来ない』と。
「ん〜……」
困ったように頭をかきながら、沈黙を破る言葉を探し続ける。隣にいる男に話を振ろうかとも悩んだが
全身からただよう威圧感におされ、結局実行できなかった。
雨が止むまで待っているだけであり、無理に話を続ける必要なんてどこにもありはしない。
中途半端に少女と会話してしまったせいだろうか。
余計に気まずくなってしまった空気は、その後雨足が弱まる時まで続いた。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴