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Under the Rose

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10.5.Daydream(7/8)



……。
…………。
ああ。
人間は死んだらこうなってしまうんだ、と思った。
人間に限らず、私もあの時英人に会わなかったらこのようになっていたのだろうか?
苦しかったはずなのに、どうしようもないくらいに穏やかに眠るものだから、文句ひとつ言えない。

英人の荷物の中に、一冊の日記があった。
内容のほとんどは行方不明になった兄を想うもので、筆跡からみるに最近書かれたもの。
私は結局兄にはなれなかったのだ。
それどころか、兄の代わりすらつとめられなかったのだ。
日記の一文にはこうあった。
『兄さんと最後に会ったのは、僕が十九歳を迎えた誕生日の夜でした』と。
その時英人の兄は二十九歳。
私と出会った時、英人は自分のことを『真』だと名乗った。
英人は、いなくなった兄の名前を名乗っていた。

そして。
兄である『真』が自分の前から姿を消したタイミングを重ねるようにして、今私の前から消えた。
後に残ったのは、英人という人間の身体だけ。


「ねえ、英人……」
動かない弟を抱きかかえるようにして、真が小さく呟いた。今の英人の身体は予想以上に重かった。が、重さ自体は真の力からすればさほど関係ない。
ただし、それは元気に真と生活していた今までよりずっと重かった。
それが。
そのことが、真にとって何よりも悲しかった。
「じゃんけんしましょうよ、ほら」
「……」
「ほら、あなたの勝ち。ね、だから言ってよ。私に『三日でいいから生きて』って言ってよ」
「……」
「英人、ねぇ、私を一人にしないでよ……生きてって言って、私を生かしてよ、英人……」
部屋には、いつまでも真の声だけが響いた。


しばらくの空白があった。
夜明けまで、あと数時間といったところだろうか。冬なのが幸いし、外にはまだ闇が残っている。
「……英人、ごめんね。私、行かなくちゃいけないから」
硬いフローリングの上ではあんまりだ、と柔らかいソファへ寄りかからせるようにして、違和感のない自然な体勢にする。
肌の色などを除けば、まだ『眠っている』と言っても不自然ではない姿だった。
「両親はいないって言ってたから、あなたのお婆ちゃんの家に連絡したわ……だから、一人じゃない」
血の気のない顔にかかった黒い髪をどけるようになで、真は立ち上がった。
「……さようなら」

この日。
英人の『兄』であった真は、数年前と同様に姿を消した。


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴