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Under the Rose

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10.5.Daydream(5/8)



「ひーでとぉっ!」
「うわっ!? に、兄さん……抱きつく時は一言言ってよ」
「どっちでもいいじゃない、別に減るもんじゃないし」
悪びれることもなく、英人の背中にのしかかるようにして抱きついたまま笑い続ける真。
数年前と比べて、その違いは明らかだった。
表情にかげりの類はまったくといっていいほどなくなり、長かった髪はばっさりと切り今は肩を過ぎるくらい。
服装もあの時のものではなく、多少大きめな紺色のパーカーを着ている。
容姿も性格も人間らしくなり、昔の真とは別人だと言ったなら信じてしまってもおかしくない。
「そんなこといっても、やられる方は結構驚くんだからさ……」
困り顔を浮かべて、はりつく真を引き剥がす英人。こちらも数年前とは随分雰囲気が変わっていた。
真と同様、声も表情も明るくなり笑顔の頻度も増している。

たまたま同名だった他人に、いなくなった兄の面影を押し付ける青年と
それを受け入れ兄として振る舞う吸血鬼。
はたから見れば、歪んだ関係であることに間違いなかった。
だが、本人達に周りの反応は関係ない。常識も、価値観も、何もかもがまったく関係ない。
お互い依存しているだけかもしれない。
それでもいいのだ。
それでも、目の前にある安息を二人は求めずにはいられなかったのだ。


「兄さん、ほら。これが昼間の空の色」
手にした本を差し出し、そこに載っている写真を指さす。
昼間外に出ることができない真に『青空』というものを見せるには、この方法しかなかった。
「ほぇ〜。星がぜんっぜん見えないのね」
「うん。でもさ、空の青と雲の白が結構きれいじゃない?」
空の写真を、まじまじと見つめる真。英人の問いかけの答えを探すより、はじめて見る青空に夢中らしい。
そんな真を見ながら、『もう少し大きな写真が載ってるものを買ってこよう』と英人は思った。
空だけではない。
太陽に照らされ鮮やかに咲き誇る花々、真っ青に透き通る海。
陽が照りながらも雨の降る光景、そしてその後に出る虹。
見せたい景色がたくさんあった。
本になければ自分が撮ればいい。写真を撮影した経験はそれほどないが、まぁ下手でも大体のものは伝わるだろう。
「人間ってこんなの見てるのねー」
ぱらぱらとページをめくる真の左手には、やけどのような傷があった。
それは最近できたもので、
ケガをした直後の真曰く『ちょっとだけ空を見ようと思ってカーテンを開けた』とのこと。
つまり青空を見たい気持ちに押され、危険だとは分かっていながら部屋のカーテンを少しだけ開けたところ
誤って左手に日光が当たってしまったというわけである。すぐに引っ込め大ケガにはならなかったものの
数日経った今でもその傷は痛々しい姿を晒している。
「(人間じゃない、かぁ……)」
傷を見つめたままで、ぼんやりと考える英人。
今更、真が人間ではないからどうこうというものは彼の中にはなかった。あるはずもなかった。
だが、自分は何をしようと人間。
『人間』と『吸血鬼』。どんなに仲良くなろうが、どんなに互いを信頼しようが、その違いだけは埋めることができない。
どんな理由かはまだわからない。
だが、その違いがいつしか自分と真の間を走る亀裂になってしまわないかと――
それだけが、英人にとって何よりもの不安だった。


一方、真は英人が不安を感じているなどつゆ知らず。こちらはこちらで、別のことに思考を傾けていた。
「うっふっふ〜」
英人が部屋を離れているうちに、自らの鞄をあさり中から財布を取り出す。
「明日、ついに明日なのねぇ〜」
明日。
その日は、英人の誕生日。
後々聞いた話によれば出会った当初二十四だった英人も、明日を過ぎれば二十九。
そして、その誕生日の翌日――つまり、明後日は二人が出会った日。まさに記念日続きというわけである。
ちなみに二人が出会った日は、仮のものではあるが真の誕生日になっている。
『自分だけ祝ってもらうのはちょっと』と言い、その発言の後で英人が決めたことだった。

同じ部屋で生活しているのだから、よっぽど小さなものでもない限り前日に買うとばれてしまう。
ということは、プレゼントを買えるタイミングは当日の夜のみ。
「なんにしようかしらねぇ」
ハミングまじりに、ご機嫌な様子の真。この時彼は気が付かなかった。
自分の認識が一日ずれており、あと数時間で終わろうとしている今日こそが弟の誕生日であったことに。


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴