Under the Rose
10.5.Daydream(3/8)
重々しい色をしたカーテンが、弱い風に合わせてわずかに揺れている。
外から入る光のほとんどがそこで遮断され、部屋の中は薄暗い。
「……」
壁にもたれるように座り、どこか焦点の合わない瞳で真はそのカーテンを見つめていた。
その向こうでは、きっと何も知らない人間たちが今日も日常を送っているのだろう。
建物も、植物も、何もかも――そこにあるもの全てが、太陽の光に包まれているのだろう。
青い空というのは具体的には一体どんな色をしているのか。
雨上がりに架かる虹は美しいと聞いたが、どのようなものなのだろうか。
そんな、遠い昔に抱いた憧れを思い出しながら。
真は、いつまでも分厚い漆黒のカーテンを見つめていた。
あの強引な青年と出会ってから、数週間が経った。
「今日から三日でいいです――死なないで下さい」
などというなんとも勝手で意味の分からない命令を下され、真は言われるがままに青年の住む場所へと足を踏み入れる。
一人暮らしの彼の部屋は狭く、そしてひどく生活感のない部屋だった。
引っ越してきた直後ですと言われれば信じてしまうくらいの。
部屋は一つの窓を除いて完全に閉め切られているために、太陽の光は真の元まで届かない。
その上傷を負っている真は自分で動くこともろくにできない。
最初は、光を浴びずとも出血多量かなにかで死ぬだろうと期待を抱いていた真だったが、その時はついに訪れなかった。
偶然とは皮肉なもので、身体の機能が停止するよりも、傷の治癒速度が勝ってしまった。
そんな中、青年は命令が有効でなくなる時、つまりは三日おきに真とじゃんけんを行った。
勝ち続けては同じ命令を繰り返す。
「三日だけでいい、死なないで欲しい」と、それだけを真に言った。
いつしか真の身体はすっかり安定し、自由を取り戻していたが
そうなった後もじゃんけんは幾度と繰り返された。
ある日、部屋の中で青年が言った。
「偶然ですね。僕も、真って名前なんですよ」
「嘘つき」
「え?」
「ほら、この手紙。あなたの名前、英人って書いてある」
もてあそぶようにして触っていた、一つの封筒。どこを見ても『真』という名前は書いていない。
「……真っていうのは、兄の名前なんです。兄もね、あなたと同じところに泣きぼくろがあったんですよ」
「ふぅん。もしかして、それだけの理由で私をここへ?」
「そうですね」
かげりのある笑顔を浮かべて、真の問いかけにうなずく英人。
いつもは無表情ながらも幼さを感じさせるのに、こういった表情をする時だけはやけにおとなびて見えると真は思った。
真の隣に腰を下ろし、英人は両目を伏せて淡々と語り始める。
「数年前、家を出てそれっきりでしたけどね。両親もその後の火事で燃えちゃいました」
「……あなたの心には、何も見えない」
「何もありませんから、ね」
「そう……」
長い沈黙の後、『少し用事を済ませてきます』と言うなり静かに部屋を出て行く英人。
暗い部屋の中に、真は一人残される。
「……」
なんともなしに、部屋中を歩き回ってみる。
身体がやけに重いのは、ここ数日ろくに動かしていなかったからだろうか。
玄関の辺りまで歩いた後、また振り返って窓の方へ。
何もない部屋。
そう特別見て回るものもない――と、真の視線がそんな部屋には似つかわしくないものを捉えた。
「写真……」
棚の上、立てかけてある一枚の写真。
おそらく、数年前に撮ったのだと思われる家族写真だった。どこにでもいそうな若い両親と
その手前には幼い英人と手をつなぐ兄の姿。
屈託なく笑うその少年が今の英人と同一人物だとは、真にはあまり信じられなかった。
「……」
少しの間その写真を見つめたあと、真は静かにそれを棚の上に戻し――玄関へと向かう。
扉を開けると見慣れた夜闇。
誰もいない部屋に向かって振り返ったあと、静かに扉は閉められた。
それから――――数時間、数日、果てには数週間。
どれだけ時間が過ぎても、その空間に吸血鬼が戻る事はなかった。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴