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Under the Rose

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08.14番目の月(2/2)



その後、沙耶を助けに行く余裕もなく――それどころか、だんだんと距離ばかりが離されていった。
「貴様ぁっ!!」
真の上に馬乗りになり、振り上げたナイフを首に向かって一直線に下ろす。
いや、下ろそうとした。
「あはっ、あははっ!」
笑い声と同時に、桂の身体が衝撃に悲鳴を上げた。
握るナイフこそ離さなかったが、それは相手の首までは届かずに終わる。
「げほっ、く、くそっ……」
腹部を思い切り下から蹴られ、油断が生まれたスキに二度目の蹴りがわき腹に入り、そのまま転がるようにして吹き飛ぶ。
身体能力、持久力、どれをとっても真のほうが数段上。
まともに一対一でやりあえば一方的な勝負になってしまうというのも不思議ではなかった。
立ち上がる際に手の力が抜け、ナイフを落としそうになる桂。
慌てて掴みなおそうとしたその手を、真の足が思い切り踏みつけた。
「離さないと痛い目みるわよ」
発言通り、二度三度と勢いをつけて桂の手首を踏む真。
容赦なく体重をかけているらしく、痛みに耐え切れず桂はその手を離してしまう。
そして、先ほどとは正反対の状態になった。桂が真の下に組み敷かれるような体勢。
「くすくす……チェックメイト」
桂と視線を合わせるように、顔を近づける真。わざとらしい笑みを浮かべて、本当に笑っているのは声だけである。
「失策だわ……」
「そう、失策。それも致命的な」
「……」
「さあ、何か起死回生の策はあるのかしら? ふふっ、ねえ……あるの? ないの?」
睨みをきかせ、視線を他に逃さないようにしながら、桂は必死に落としたナイフを手探りで探していた。
が、その行動はナイフを見つける前に真に気付かれてしまう。
「あははっ! こんな間抜けな策士さん、はじめてだわ!」
「っ!?」
桂の視線の先で、真がナイフを握る左腕を振り上げた。
間に合わない。
桂は思わず目をつぶり、その時を待った。だが、いつまで経っても自らの身体に痛みは走らない。
「……?」
おそるおそる目を開ける。
その向こうには、自分を見つめたまま固まっている真の姿があった。
ほどなくして視線だけが動き、それにつられるようにして振り上げられたはずの左腕を見る。
血の匂いがした。
真の左腕に、できるはずのない傷が出来ていた。その上かなりの深さらしく、その断面からは鮮血が止まることなく溢れ続けている。
そんな腕でナイフなど持てるはずもなく、それは重い音を立てて地に落ちた。

真の向こうに、降り注ぐ月光をはね返す妖しい輝きがあった。

「……桂」

それが自分の名前なのか、はたまた全く別の何かなのか、桂には全く判別がつかなかった。
ただ、その感情を殺した言葉という名の音だけが耳をすりぬける。
桂にとっては見慣れたシルエットだった。だが、一瞬それを認知できなかった。

「ね、姉さん……!?」

桂と真、両者が知っている沙耶の姿がそこにはあった。
乱れた髪、ところどころに血らしきものが染み付いている黒いコート、表情は別人かのように険しい。
そして何より違ったのは――沙耶が両手で握っているものだった。
刀身以外は闇の色。反りのある刃は、生き物の肉を斬ったというのにわずかな血がついているだけだ。
まるで、その刃が浴びた血を吸ってしまったかのように。沙耶が構えているそれは、刀だった。
一体どこから引っ張り出してきたのか。
そもそもいつからそんなものを所持していたのか。
浮かぶ疑問はきりがなかったものの、今の桂にそれを考える時間はなかった。
「どけっ!!」
真に向かって振り下ろされる、第二撃。
桂の上を離れ、なんとかそれを避けたものの、真の表情には明らかな動揺が混じっていた。
まさかこんなに早く戻ってくるとは思わなかったのだ。
むしろ、当たり所が悪ければ死んでもおかしくないと思っていた。
そんな人間が今、目の前で自分へと殺気を向けている。
「ぐっ……」
血が止まらない左腕をおさえながら、二人との距離を取る真。
そのスキに沙耶は桂のもとへ駆け寄り、そのまま上半身を抱き上げる。
「大丈夫かい、桂」
「姉さん……それは……?」
「ごめんね。ちょっと時間がかかったんだ」
問いかけには答えず、桂の体勢が安定したことを確認し再び立ち上がる沙耶。
一歩、また一歩と後退していた真の動きが止まる。
「また、随分物騒なものを振り回してくれるじゃないの」
「……そろそろか」
「? 何を……――――ッ!?」
どくん、と真の心臓が強く脈打った。速くなる鼓動。何かがおかしい。
直後、意外な場所で変化が訪れた。
異臭。
どこからか嫌な匂いがする。何かが焼け焦げる匂い。
「これは……」
焦げていく。
沙耶の持つ刀で斬られた、先ほどの傷口が少しずつ黒く焦げていく。
同時に、傷口に激痛が走る。思わず膝をつき、苦しみ始める真。
「な、何を……ッ!? あ、ぐっ……!!」
「ねっ、姉さん! あれは一体どういうことっ!?」
「一言で言うと、そうだな。切り札かな」
説明になっていなかったが、目の前で喘ぎ苦しむ真だけが、その切り札の効果を証明していた。
しばらくして匂いは止み、それと同時に真も冷静さを取り戻す。
「……沙耶、ふふっ……」
うつむいて、しゃくりにも似た静かな笑い声をあげる真。
その瞬間、顔全体を覆う長い髪の隙間から表情が見えた。
それは、満ちる狂気にざわめく感情の読めない瞳。
それはゆっくりと、けれど一瞬の間に吊り上がっていく血の気のない唇。
それは、わずかに開いた口から覗く二本の白い牙。
今までにない快感と屈辱―――そして、興奮に震える獣の牙。
「……」
「私に再生が間に合わない程の傷を与えてくれたのは、あなたがはじめてよ」
「降参してくれるのかな?」
「それはどうかしらねッ!!」
言い終える前に、真は行動を始めた。素早く立ち上がり、そのまま沙耶のほうへと駆け出す。
「姉さんっ!」
とっさのことだった。
落ち着いて考えれば、沙耶はその"切り札"なる刀で真の攻撃を避けるどころか反撃できたはずだ。
だが、突然のことが続いていた桂にそれだけのことを一瞬で考えるのは無理な話だった。
よろけながらも、二人の間に割って入る形になった桂は真を力任せに突き飛ばす。
そのまま、二人折り重なるようにして倒れた。

『――えっ』
真と桂。
両者の声は、その瞬間お互いの視線とともにきれいに重なった。
桂の目には、真の瞳のその向こう――何度も見た、真の記憶が見えた。
今までよりずっと深いその底まで、それはすんなりと桂の侵入を許した。


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴