Under the Rose
08.14番目の月(1/2)
再戦。
つまりは、もう一度『鬼ごっこ』をする――ということだったが、実際は刃物と刃物での直接の争いに近いものだった。
『刺激しないように見張りをする』という考えが、今回の二人にはなかったのだ。
負けないこと。
前回の屈辱をそそぐこと。
その二つだけが、二人の身体を動かしていた。
「ええい、ちょこまかとッ!!」
苛立ちながら、まっすぐに駆け出す桂。右手にナイフを構え、目標である真の胴をめがけて刺突を狙う。
だが、それはいとも簡単にかわされてしまう。一瞬にして距離を置かれ、飛んでくるのは無数のカード。
たかがカード、と思うかもしれない。だが、真の所持しているカードはそれ専用のものなのか、意外と重量があり硬い。
つまりは、投擲するとなかなかに鋭い武器となる。
真が逃げる先へと、沙耶が先回りする。傘に仕込んだ刃を抜き、風を切るくらいの速度で振った。
投擲用ではないナイフを出し、沙耶の刃を受け止める真。
姉妹と真の間にはかなりの実力差があると思われたが、実際は真の判断ミスや姉妹二人の息が合った動きにより
ほぼ互角といったところだった。とはいってもこの勝負は二対一なので、真の能力が高いことには変わりないのだが。
単純に考えて一人で二人分をカバーしているということになる。
「お二人さん、こっちよこっちっ!」
そんな真も、今回は少々引き気味だった。押され気味というには少し違うのだが、かといって押し切っているわけでもない。
攻められる状況であっても、立ち位置を変えて後退する。
まるで、どこかに二人を誘導しているかのように。
「待ちなさいッ!」
そしてまた、逃げた真を桂が追いかける。少し離れた位置にいた沙耶は、二人に遅れを取ってしまう。
今度の真は、なかなか止まらなかった。
しばらく道を走ったのちに、ぴたりと足を止め――振り向く。
「……? な、なによ」
思わず距離を開けたままで立ち止まる桂。沙耶は二人のいる位置にまだ追いつけていない。
「桂」
「名前を呼ばないで、気持ち悪い」
「いいことを教えてあげる。こういうのはね、力任せにやるんじゃなくて――」
ようやく、二人が見える位置まで追いついた沙耶。真が一瞬やった視線の先にあったものを見て
これから起こるべきことを察し、再び走り出す。
間に合うか、それとも――。
それは賭けにも近かった。
「頭を、使うのよ」
手で自身の頭を指差し、もう片方の手でどこかへナイフを投げた。
その一瞬の中、桂は迷った。
真から目は離せない。だが、真は一体見当違いな方向へなぜナイフを投げたのか。
それを確かめる必要があったが、両方を同時に見るには目が足りない。
「桂ちゃんっ!!」
「え――」
姉の声がした。
そう思って振り向こうとした桂の身体は、強い衝撃を受けて吹き飛んだ。
直後。
耳に痛いほどの、なにかが崩れるような激しい音が辺りに響いた。
「……つっ」
一瞬思考がブレたが、それはすぐに元通りになった。全身が痛む中で、地面に擦った身体を起こす。
まず桂が一番に思ったことは、『視界が悪い』ということだった。
なにやら土煙のようなものが辺りに舞っている。おかげで、真の姿も姉がどこにいるかも判別できない。
それ以前に、何が起こって自分は何に吹き飛ばされたのかもわからない。
「あらあら……これは、想定外」
どこか愉しげに笑う真の声。声のした方を見ると、煙が届かない位置に真は立っていた。
立ち上がり、服についた汚れをはらう桂。だんだんと煙が薄まり、視界がはっきりとしてくる。
「……っ!?」
そこに広がっていたのは、完全に桂の予想を越えたものだった。
先ほどまで自分がいた位置に、鉄骨のようなものが複数積み重なっている。どう見ても上から落ちてきたとしか思えないものだ。
つま先から頭まで、ぞっと青ざめていくような気がした。
あのようなものが直撃していたら無事ではすまない。死んでもおかしくないような大きさだった。
呆然とする桂へ、ゆっくりと真が歩み寄る。
「そ、そういえば……姉さんは……?」
きょろきょろと辺りを見渡すが、真以外の姿はない。桂が考えていることを察したのか、真はそっと呟いた。
「まったく、麗しき姉妹愛だこと……」
「!? まっ、まさか……そんなこと」
「そう。かわいい妹をかばってお姉さまは今ごろ……くすくす」
「姉さんっ!!」
駆け出そうとしたが、それはすぐに阻まれた。
桂の目の前に立ち、自らの持つナイフの刃を舐めにやりと笑む真。
「行かせない。まぁ、運がよければどこかの骨が砕けるくらいで済むでしょうよ!」
「……くそっ!」
攻めの手をゆるめない相手に押され、桂はそれを受けながらだんだんと後退せざるをえなかった。
何度か姉の名を呼ぶが、どれに対しても返事はない。
それどころか物音一つない。
まさか――――。
抱いた不安は、桂の戦力を削いでゆくだけだった。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴