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Under the Rose

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07.鷹と蛇/その2(3/4)



昼が過ぎ、やがて夕暮れが訪れる。
オレンジ色に染まる街の中を、桂は一人でとぼとぼと歩きつづけていた。
逃げるようにして飛び出してしまった以上、何事もなかったかのように戻るわけにはいかない。
彼女の高いプライドが、姉との仲直りを難しくしていた。
「……」
寂しさを煽る風が吹く中、ふとろくでもない考えが浮かぶ。
姉が帰らない自分を心配して、探しに来てくれたらいいのに。
そして何事もなかったかのように微笑んで自分の背中を押してくれたらいいのに。
「……馬鹿らしい」
さすがにそのようなことを本気で望むほど子どもではない。桂は、浮かんでいた考えをかき消すようにして首を振った。
あっという間に陽は沈み、あとは夜が闇で街を包むだけである。これからどうしたものか。
そんなことをぼんやりと考えていた時、その人物は現れた。

「だぁーれだ」

突如、桂の視界が真っ暗になる。顔に当たっているのは手の感触、それも直接のものではない。
手袋ごしの柔らかな感触。そして、聞くだけで鳥肌が立ちそうなほど嫌悪している相手の声。
「……」
「知ってる? 逢魔が刻に鬼に捕まった人間は、もう逃げられない」
声が耳に入るたび、その気配を背中に感じるたび、手のわずかな熱が伝わるたび、桂はあの夜のことを思い出しそうになった。
身体が嫌な汗をかきはじめる。
どうにかして、この考えを止めなければならない。止められなければ、またあの時のようになってしまう。
桂は必死に今思いつくだけの言葉をひねり出した。
「何の用、吸血鬼」
「つれないわねぇ。いつものお姉ちゃんは一緒じゃないのかしら?」
両手が離されるとともに、桂の視界が元通りになる。振り向くとそこには予想と一つも違わぬ真の姿があった。
「陽が沈んだ途端にしゃしゃり出ないで頂戴。姉のことは貴方には関係ないでしょう」
「酔狂ね」
「何?」
突拍子のない真の一言に、桂は怪訝な表情を浮かべた。
一体、今の自分のどこを見てこの吸血鬼は酔狂などと言っているのか。桂はその瞬間心の底から理解できなかった。
「そうやって、何もかもが自分の思い通りになると信じている」
その瞬間。
なんともなしに聞いていた吸血鬼の言葉に、桂は胸を杭で貫かれたような気分になった。
一番自分が言われるのを恐れていたことだった。
無意識に避けていた真実が、その言葉に込められていた。
「……」
そんなことを投げかけられ、完全に返す言葉を失ってしまった。
「ふふ。図星だった? まぁいいわ、それじゃあね」
「……」
黙ったまま立ち尽くしている桂を置いて、一人歩き出す真。
しばらく進んだところで、くるりと振り返る。
「そうやって、最後は一人ぼっちにならないといいわね」
「!」
真と目が合った、その時。
桂の視界には今見ていた光景とはまったく別のものが映り出した。

『もう嫌だ……俺、生きてたくないよ……この先何があるってんだよ……』
『大丈夫、私がずっとあなたのそばにいる。何があっても離れないから』
『樹、お前はやっぱ優しいよなぁ。あん時事故で死んだってのに、また戻ってきてくれるんだもんな』
『……ええ』

そこには真の姿。
そして、真に重なる幻を求めて集う、弱さを秘めた人間たちの姿。
そこにあったのは、うつろに孤独を抱える真の姿。
終わりの無い姿。


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴