Under the Rose
07.鷹と蛇/その2(1/4)
朝から、部屋には耳障りな電話の着信音だけが鳴り響いていた。
「……」
「……」
その音が聞こえているのか、いないのか。
はたまた、二人の間に流れている空気は、その電子音をかき消すほど気まずいものなのか。
沙耶に手をひかれて部屋へ戻った桂。戻った時には、彼女の震えは止まっていたし青ざめていた顔色も元と変わらぬまでに良くなっていた。
だが、沙耶の問いかけに対して桂は決して口を開かなかった。
また、『真』という名前に対して恐怖等を抱くこともないようだった。
ただ。
ただ、反応一つ返さなかった。
「桂ちゃん……」
心配そうに、ちらちらと桂を見つめる沙耶。
二人の関係を考えれば、無理もない反応だった。
何が起こったかを今更聞く必要はないが、問題はこれからどう桂の心を元に戻すかだ。
相手から口を開いてくれればそれが一番いいが、なかなかそう上手くはいかない。
「桂ちゃん、あのね、電話に出てもいいかな」
「……」
「多分、穂村さんだと思うんだ。仕事の話、大事だと思うから」
「……さい」
「桂ちゃん?」
聞き逃した桂の一言を聞き返すべく、沙耶は身を乗り出した。
「うるさい、うるさい、うるさいッ!!」
突然声を荒げてわめき出す桂。驚いた沙耶は、思わず後ろに下がってしまう。
だが、すぐに現状を理解し暴れる桂を押さえつけようと近づく。
沙耶の手が桂の身体に触れようとした、その時――
「触らないでッ!!」
――これ以上ないくらいの大声が響いた。
それは、姉へのはっきりとした拒絶の意思だった。はたかれた手を見て、ただ呆然とする沙耶。
続く言葉が思いつかないのか、はたまた言葉の意味がわからなかったのか、ただ黙りこくっている。
「……! ね、姉さん……ごっ、ごめんなさい」
ハッとして、そのままその場から逃げるように玄関へと向かう桂。
そのまま、押し込むようにして乱暴にブーツを履き外へ走り出た。
全てから逃げてしまいたかったのだ。
あの夜の出来事や、無力な自分、そんな自分を気遣ってくれる姉、仕事のこと――
容赦なく積み重なっていくそれら全てから逃げ出すように、桂はあてもなく街の中に飛び込んでいった。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴