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Under the Rose

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05.Hide and Seek(前)(4/4)



「……」
まるで、蛇ににらまれてしまったかのように桂の身体は固まってしまった。
目をそらそうとしても、それは真の視線に囚われたままちっとも離れない。
耳に届くのは真の楽しそうな声。そして、二人の距離はもうこれ以上縮まらないというほどに近づいた。
「別に、おとなしくしていてくれれば何も痛いことはしないから」
「……」
真の両手が、桂の肩を掴んだ。
片方のコートをずらし、その下に着ている白いシャツのボタンを上から二つ、三つと外していく。
その時、真はすぐそこに迫った食事の時間に気をとられて気がつかなかった。桂の右手が怪しい動きを 見せていたことに、気がつかなかった。
「ああ。最初は痛いかもしれないけどね……」
その言葉と同時に、桂の首元に熱い息がかかる。肌に牙が当たる感触がした。
「……さい」
「うん?」
「離れなさい、けだものッ!!」
直後。
わき腹に衝撃を感じ、思わず後退する真。何が起こったのかわからず、視線を下ろす。
「ぶ、物騒なもの持ってるじゃない……」
そこには、ナイフが鈍い輝きを見せていた。刃は半分も刺さっていないが、それでも突き刺さっていることにはかわりない。
驚きか、はたまた痛みのせいかひざをつく真。
その隙をついた桂は一気に駆け出し、あっという間に角を曲がり見えなくなってしまう。
「……」
逃げてゆく途中に手袋を外したらしく、桂は完全に闇の中へ隠れてしまった。
悔しげに歯を食いしばり、自らに刺さったナイフを引き抜く真。
浮かべる表情は喜びにも激昂にも似た、複雑なものだった。

「はぁ、はぁっ……」
しばらく走り続けていた桂だったが、十分な距離を確保するなりその足を完全に止めた。
冷たい壁に寄りかかり、激しい息切れに思わず咳込む。そのままずるずるとその場にしゃがみこんだ。
「(何、この感覚……)」
先ほどから桂の中を絶えず走っている違和感。
目を閉じても開いていても、真に追い詰められていた時の光景がはっきりと蘇る。
こちらをずっと見つめていた赤い瞳。口元が歪んでいる、形だけの笑顔。そして不気味な笑い声。
肩を掴まれた時にかけられた力は、人間のそれとは比べ物にならないほど強かった。
牙を間近で見た時、ああ、本当に吸血鬼なのだと感じた。
おくれて来る恐怖というのは、こういうものを指すのだろうか。
きっと今ほどの恐怖をあの時感じていたなら、コートにしのばせていたナイフを出して反撃することはできなかっただろう。
「あ、うぅっ……」
激しい頭痛と、耳鳴り。目の前がぐるぐると回る。寒気がして、身体のあらゆる箇所が震えを訴えはじめる。
逃げなくてはいけないのに。
姉と一刻も早く合流しなくてはならないのに。
「い、嫌……誰か……姉さん、助けて……!」


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴