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Under the Rose

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05.Hide and Seek(前)(3/4)



「これは……」
予想外の状況に、理解が追いつかない様子の桂。
自らの頬に触れると、そこには先日と同じ場所に同じ傷。
いや、正確にいえば同じではない。場所こそ同じだが、その深さは先日と比べて若干深い。
筋のように走る傷口から、鮮やかな色をした血が流れる。
自分からさほど遠くない位置には、傷をつくった原因であるナイフが落ちている。
こんなことをするのは、できるのは一人しかいない。
一瞬ためらったあと、桂は振り向いた。
闇。
先ほどと変わらず、一面を覆う闇が広がっていた。
その漆黒の中から、ゆらりと一つの影が姿を現す。
ゆっくりと近づいてくるその影は、桂を見るなり不気味に笑った。
「みぃーつけた」
距離が縮まるたびに、姿がはっきりと認識できるようになる。
長い黒髪、場を考えると少々違和感のある同色のロングドレス。
そしてわずかに赤みを帯びた二つの瞳。
「……」
じりじりと歩み寄る真に合わせて、一歩、二歩と後退する桂。
ここまで近づかれては、まともな方法では逃げられない。走ってもすぐに追いつかれるのがオチだ。
「くすくす、助かったわぁ……そばにナイトが居られるとやりづらいのよ」
「何でここに……確かに姉さんの方に行ったはず……っ」
「なぁに? ……自分の手を見れば分かるんじゃないかしら」
言われるままに、桂は自らの手をちらりと見た。裂けた手袋。その裂けた部分のふちに、わずかではあるが
周りと色の違う部分ができている。一見しただけではまず気が付かないほどの、ささいな違い。
「……血かっ!」
全てを理解し、悔しげに表情を歪める。
最初――桂が真のナイフをその手に受けた時から、桂の居場所は筒抜けだったのである。
投擲したナイフに自らの血を付着させ、相手に投げる。傷にならなくとも当たればその部分に多少の血が残る。
自分の血の匂いを目印にするというのは、普通の人間ならまずできない芸当ではあるものの
それが吸血鬼となると別問題だった。二人が分かれた後沙耶を追ったのは、二人を油断させるため。
そして、沙耶と桂の距離を離すためだった。
「そう、当たり。さぁ、どうするのかしらね?」
「……っ!」
一歩。
また一歩。
真が進めば、桂がそれだけ下がる。
しばらくの間それを繰り返していたが、やがてそれは桂が壁に追い詰められることで終わりを迎えた。
これ以上は下がれない。かといって、横に逃げれば間違いなく捕まる。
冷たい壁に背中を密着させて、桂は必死に打開策を探していた。姉が駆けつける様子はない。
「ふふっ……どうするのかしら? ねぇ、どうするのかしら? ひとりぼっちの桂ちゃんは、どうするの?」
一方真はといえばすっかりご機嫌で、歌うようにぶつぶつと呟きながら距離を縮め続ける。
沙耶の喋りを真似しているのは、わざと桂に恐怖とプレッシャーを与えるためだった。


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴