Under the Rose
05.Hide and Seek(前)(1/4)
鮮やかに浮かぶ満月の下、闇の中を走る人影が二つ。
「桂ちゃん、だいじょぶっ!?」
「ええ、少し手袋が切れただけ」
狭い道で、二列になっては走れない。そのため勘がいい沙耶が前を行き、そのすぐ後ろを桂が追う。
沙耶が桂を心配しているのは、少し前に自分達を追う真が桂に向かってナイフを投擲したからである。
さすがに素早く動いている的に当てるのは難しいらしく、そのナイフは桂の手袋だけを裂いて落ちた。
手に若干の傷はあるだろうが、さほど気にするほどでもないのだろう。
入り組んだ道を不規則に曲がり続ける。
視界が悪い上に同じような景色が続き、方向感覚が歪んでくるがそれは追ってくる相手とて同じ事。
双方の距離がどれほどあるのかは分からない。
が、相手がわずかに残された気配を拾い同じルートを辿ってくることは予想できる。
つまり、特定とはいかなくとも大体の位置を予想することは難しくない。
だが、そんな予想はすぐに必要のない行為になってしまう。
「――早いな」
「姉さん?」
「聞こえないかい、桂? わずかだけど靴音が聞こえる」
足を止め、耳をすます沙耶と桂。
その状態でぎりぎり聞こえる程度の小さな音は、止まることなく続きだんだんとその音量を増していく。
「逃げてても追いつかれるね。このまま逃げ続けるのもなんだし、手を打とうか」
「……手?」
「相手は一人、こちらは二人」
「ああ、そういうこと」
納得した様子で、軽く頷く。
前回会った際に『逆に捕まえてやる』と宣言した以上は、いつまでも逃げてばかりというわけにもいかない。
せっかく二人いるのだ。
正面から攻めるより、はさみうちで不意をついた方が普通に考えれば得策というわけである。
「わたし、体力には自信あるから真くんをひきつけるよ」
「私はどこへ向かえばいい?」
「この先を左に行って、そのままぐるっとスタート地点に戻ってきて」
「了解」
迫る足音が追いつかないうちに、二人はそれぞれ反対側へと走り出す。
真に自らの存在を気付かせるため、沙耶の走りは全力ではなく小走り程度。
ほどなくして、死角の先から真が姿を現した。
「うわっ!」
「……そこね」
一転、今度は大げさなほどに足音を立てばたばたと走る。
普通に走ってしまうと、走っているのが一人であることに気付かれてしまう可能性があったからだ。
どんなに騒がしく走っても気付かれる時は気付かれるが、しないよりはましである。
それに今の真は腹をすかせた獣と同じ。きっと、取り決めをした日から食事をとっていないのだろう。
そんな状態でベストな判断ができるとは思えない。
作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴