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Under the Rose

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04.Sunset(3/4)



「やっほー、真くん! こんばんは」
「あらあら、お二人とも随分と夜更かしなことで」
「……」

昨夜と同じ場所に、真はたたずんでいた。
誰かを待つわけでもなく、かといって何か用事があるわけでもないまま人通りのない路地裏で。
気配はほとんど感じない上、辺りは真っ暗。もし通行人がいたとしても、彼女の存在には誰も気付かないだろう。
そんな光景、不気味といってしまえばまさにその通りだった。
ただし、不気味以前にその光景に『気付く存在』が二人以外いないのだから、その印象は無いものと一緒だと言える。
「こんなところで何をしてるのかしら?」
あたりさわりのない質問。『刺激するな』という言いつけを、桂なりに守っているらしい。
表情も仏頂面ということには変わりないが、来る前と比べれば幾分穏やかである。
(あくまで桂をよく見知った人物から見れば、であり会って間もない真がその変化に気付くかどうかは別問題である)
そんな桂を見て、真は口元だけをわずかにほころばせる。
背後の壁を背もたれにして、手に持っていた何かを二人に差し出した。
「カードよ、カード」
「……トランプ? よくこんな暗い中で出来るわね」
「あなた達と違って、私は夜でも見えるもの。そう、だから――こんな使い方だってできる」
そう言い、差し出していた手を引く。
そして耳の高さまで上げたかと思うと、前方に下ろすように素早く腕を振った。
一瞬だった。
「はわっ!?」
「……姉さんッ!?」
沙耶の首のそばを、何かが通り抜けた。驚いてあげた声に反応して、思わず一歩沙耶へと近づく桂。
ワンテンポ遅れるようにして、同じような何かが桂の頬をかすめる。
かすめた場所は切り傷に変わり、真っ赤な血が姿を現す。
「あらあら、動くから当たっちゃった……ふふ」
どちらかが動くことをはじめから予想していたようだが、悪びれる様子はない。
手の内に余った一枚のカードをもて遊びながら浮かべる表情は、完全に相手の反応を楽しんでいる。
間違いなく、真は二人を挑発していた。
吸血鬼を狩るハンターだと名乗っておきながら、力ずくでその標的を捕らえることもしない。
その行為に帯びる意味合いを、彼女はうすうす理解していた。だからこそのオモチャ扱いである。
「桂ちゃん、切れてるよ」
「分かってる。……貴方、何が望みなの?」
傷をなで、そこから出た少量の血を指で擦り取る桂。先ほどより明らかに表情が険しくなっている。
元々、桂は他人のペースに流されるのが得意ではない。
他人に合わせることができず、いつも自分の思い通りになるように行動する。
中でも一番嫌悪するのは『他人に見下されること、バカにされること、子ども扱いされること』の類である。
カードを投げ、反応を試された時点で桂の怒りが表面に出ても何ひとつ不思議ではない。
「望み? そうねぇ……」
複数の選択肢が浮かんだのか、腕を組んで考えはじめる吸血鬼。
その視線が二人から外れたスキに、沙耶が桂の服の袖を引っ張り軽く引き寄せる。
「(桂ちゃん、何言われても落ち着いててね)」
「(わかってる)」
その間、数十秒ほどだっただろうか。
伏せた目を上げて、陰のある微笑みとともに真は自らの望みを口にした。
黒い手袋に包まれた指で桂を指して、

「あなたの血をちょうだい」

言い終えると同時に見えるのは、吸血鬼特有の白い牙。
暗闇に目が慣れたせいか、それははっきりと二人の目に映った。
「誰がはいいいですよ、と言うものですか」
自らを指す指に怪訝そうな表情を返す桂。大体予想できていたのか、それほど驚く様子はない。
「じゃあ、そっちの子――と言いたいけど、なんだか逆に噛みつかれそうだから遠慮したいわ」
「わたし、噛まないよ……」
「他に無いの? 私達も貴方をしょっぴくまでは、まぁ……ある程度は譲歩してあげてもいいわよ」
「そう。じゃあ一緒に遊んで」
遊ぶ。
先ほどの望みとは随分方向性や重みが変わったものだ、と二人は思った。
一体何をする気だろうか。トランプを持っていたから、それで三人仲良くカードゲームでもするというのか。
「まぁ、それくらいなら……何をする気?」
「鬼ごっこよ」
「おにごっこぉ?」
「そう、鬼ごっこ。ただやるだけじゃつまらないから、賭けるのはどう? 私が負けたら、あなた達の言う事何でも聞いてあげる」
また、そんな上手い話を――桂の中にわずかな不安が生まれる。
ここまで自分達を小ばかにして、要求にも素直に応じなかった相手だ。それが、負けたら言うことを聞くなどと
いかにもな怪しさを感じさせる甘い賭け物を出してきている。
「ただし、勝ったら……桂と言ったわね。あなたの血が欲しい」
桂の予感は見事に的中した。
直後、桂の元へ意味ありげな真の視線が届く。
それはただの視線どまりで、暗示をかけようなどという考えはみじんも感じられないものの、やはりいい気分ではない。
なにせ、その視線は桂自身ではなく桂の頬にある傷あとを見ているのだ。
うっすらと血がにじむ切り傷。それだけを、ただじっと見つめている。
「……少し時間を頂戴」
「いいわよ。いくらでも待っててあげるから、ゆっくり相談してらっしゃい」


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴