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茅山道士 かんざし1.5

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 側の西王母に一礼して竜族の若長は麟の寝顔を覗き込んだ。
「麟の兄弟子に伝言をわざわざしてくださったそうですね。」
「いえ、待ち合わせの家がわが眷族のものでしたので、私くしが行ったほうがよいかと思いまして…余計なことは申しておりませんので、ご心配なく……しかし、ひどく傷を負ったものですね。竜丹を飲ませていなければ冥界行きですよ。まあ、私くしが飲めば文句なく冥界へ行けますが……。」
 竜丹は別名『竜殺し』と呼ばれ、どんな病や傷にもよく効くのだが、竜族だけは別で、これを飲めばよくて半死半生悪くて冥界行きという竜族にとっては恐ろしい薬である。若長の軽い口調にクスクスと西王母が笑い、当人も微笑んだ。
「驚かれまして? 麟の姿。」
「ええ、少し。でも転生しても本質というのは変わらぬようですね。やはり生真面目なやさしい人物のようです。」
 若長は、自分の眷族と麟がどうして知り合ったのかを人狐の主人から聞かされた通りに伝えた。西王母もその説明に頷いた。
「正直申しまして、私くしも嬉しゅうございます。もう二度と逢うことが叶わないと思っておりました息子が人界とはいえ元気にしているのですもの。」
「そうですね。私くしも嬉しゅうございます。またあのへらず口がきけるのですから。」
 ホホホ…今度は西王母も声をたてて笑ってしまった。天界、仙界広しといえども竜族の若長にへらず口をきいているのはわずかなものだ。その中の一人がまた復活したのだ。青竜王にとってどれほど嬉しいか計り知れれない。
「でも、人界での麟の修行の邪魔はいけませんよ。青竜王殿。」
「はい、承知しました。では、邪魔者は退散いたします。また、参ります。」
「そうそう、お願いがあります。お聞き頂けますか。青竜王殿。王夫人のところへ行って、麟が謝っていたとお伝え願えますか。」
 竜族の若長は快く引き受け、退出した。どうもここのところ伝言流行りだなと青竜王は王夫人の部屋へ向かった。西王母は落ち込んでいる王夫人をなぐさめてほしかった。将来、夫になるであろう青竜王がその役に最適だと思ったので、伝言にかこつけて頼んだのである。そのところは青竜王も心得ており、急いで将来の妻のもとへ飛んで行った。





 五日程で麟の傷はおおよそふさがり寝台に座ってもよいというお許しが出た。ただ右手の傷はことのほかひどく、ろくに手を動かすこともできない。それを自称母親の西王母がかいがいしく世話してやっている。それは微笑ましい光景なのだが、仙界の長であるかの仙女が職務をほっぱらかしているのだけが、上元夫人の頭痛の原因である。九玄天女と二人して代理を勤めてはいるが、簡単に勤まるものではない。二人はあらためて西王母の偉大さをかんじた。
「ねえ、上元。西王母様を呼んでも宜しいかしら? 私くしはもう限界です。」
 仙界で上元夫人とナンバー2の座に就いている九玄天女が先に音を上げた。仙人が勤勉なわけがない。九玄天女は本来、情報外交面の補佐をしている仙女で管理監督などはどちらかと言えば苦手である。上元夫人も普段から補佐している仕事とはいえ自分が手掛けている簡単な仕事などとは程遠いものを横目にして溜め息をついた。「私くしも何時いいだそうかと思っておりましたの。九玄。」
 ふたりは応援を呼ぶことにした。救援を請われた西王母は、仕方なく溜まった仕事を片付けた。麟が薬で眠っている間に半日ほどであらかたかたをつけ、上元夫人に後の指示をすると麟の元へ戻った。重傷の息子は起きていて寝台に腰掛けてぼんやりしていたが、戻って来た自称母上を見て心配そうに声をかけた。
「お母さん。お忙しいのではありませんか。私はもう起き上がれますから、少しゆっくりお休みになられてはいかがです。」
 息子のほうは母親の身体が心配である。自分がいつ目を覚ましても傍らに付き添っている。いつ眠っているのだろうと思うのに、今日はさらに何やら慌ただしく動き回っている様子は休息を取っているとは思えない。
「あらあら、怪我人の麟から心配されるとはね。そうね。少し横になろうかしら。麟、歩けますか。」
「ゆっくりなら…」
「では庭でくつろぎましょう。あなたもこの部屋だけでは退屈でしょう。」
 自称母親は麟を庇いながらゆっくり表に出た。麟のいる部屋の前はテラスになっておりすぐに庭に降りられるようになっている。重傷の息子は母親に手助けしてもらい五日ぶりに外へ出て、立ち止まった。庭には様々な花が咲き乱れ、青々とした芝生が果てがわからぬ程に続いている。その美しさに目を奪われ茫然とした。以前、王夫人に助けられた時は、窓の外は断崖絶壁で自分のいる部屋以外は王夫人の居室があるばかりでどこへも行く所がなかった。ここは、どこまでも歩いて行けそうだった。西王母は控えている仙女に命じ、芝生の上にたくさんのクッションを運ばせた。
「私は少し眠ります。誰か来たら起こしてくださいね。」
 それだけ言うとクッションを枕にして自称母親はスヤスヤと眠り始めた。いくら仙人とはいえ、疲れることは同じである。その横で息子はしばらく母親の寝顔を見ていたが、それにも飽きて景色をぼんやりと眺めていた。雲がのどかにたなびき、風がやさしく吹く度に花たちが揺れる。俗世を忘れてしまいそうな風景である。しかし、風景が美しければ美しい程、麟の心にはよけいに俗世が思い出された。麟には先代の師匠との五十年に及ぶ約束があり、それが強固な足枷となって麟を俗世と結んでいるのである。そろそろ戻ることを考え始めた頃、布ずれの音がして側に王夫人が立っていた。
「王夫人様。」
 呼ばれた本人は静かに麟の傍らにしゃがみ、道士が立つのを助けて少し離れたところまで連れて行った。
「ごめんなさい。私くしが余計なことをしたばかりに、あなたにまた痛い思いをさせてしまいましたね。」
「いえ、こちらこそ……こんな形で大切な預かり物をお返しすることになって申し訳ありませんでした。でも、そのお陰で自分の至らぬところにも気付くことができました。ありがとうございます。」 ニコニコと朗らかに笑う麟は少しも責めることなく真っ直ぐに王夫人を見た。つられて王夫人も微笑んだ。
「よかった。麟から叱られると思ってました。」
「そんなことありません。もうお心におとどめくださいませんように……」
 パチパチと手を打ちながら一人の男が近付いて来た。
「大団円ですね。よかった。よかった。ねっ、王夫人、私が申し上げたでしょう。ああ、麟殿。私くしは、この王夫人の知り合いです。別に怪しい者ではありませんから。」
 一見、金持ちの道楽息子といった相手はシャレっ気のある挨拶をした。道士のほうは、呆気にとられて軽く会釈したが、自分とあまりに親しそうにしているのが不思議だった。
「あなた様とどこかでお会いしたのでしょうか。」
「ええ、もう五度いや六度かな。いつもあなたが眠っておられたのでお話しするのは始めてです。」
「そうそう、あなたの兄弟子への伝言は、この方がしてくださいましたよ。麟」
作品名:茅山道士 かんざし1.5 作家名:篠義