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茅山道士 かんざし1

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 どういう間柄なのかすらわからぬ敖家の若長はとりあえず待たせておけばいいだろうと麟のお願いを少し曲げた形できいてやったのだ。その言葉を聞いた相手の道士は、「えっ?」と一言吐いたきり黙ってしまった。行程の差などないからすぐ追い付くと思われた麟が人に言付けを頼むほど遅れるとはどういうことだろうと考えていたのだ。
「不審に思われますか。今の言付け。」
 事情のわからぬ自分では何を喋ればいいのか判断のつかない青竜王は相手の出方を待つことにした。
「ええ、私くしども西の街市からこちらまで別々の道を来たのですが、若い弟子がこのように遅れるのはおかしいと思いまして。」
「また、なぜ別の道を? 」
「お恥ずかしい話ですが、弟子と弟子の預かり物のことで、言い争いをいたしましてお互い頭を冷やそうと別々に……。」
 やっと自分の知っている預かり物の話が出てきたなと青竜王は合いの手をいれながらさらに話を聞く。
「弟子が預かったという物があまりにも高価な物だったので返しに行くように叱ったのです。私もカッとしまして……」
 青竜王は麟不在の説明理由をここで掴んだ。
「あの……そうです。実はその預かり物を返しに行かれたのです。ちょっと場所が遠いので時間がかかると思いますよ。」
「………そう言えば、あなたはどちらさまでしょうか。親切に弟子の言葉を届けていただきましてありがとうございます。」
「私は……麟さんの知り合いのまたその知り合いで、たまたまここがうちの分家とわかりましたので伝言に参上した次第です。」
「そうですか。」
 道士は相手に椅子を勧め自分も座った。そして、「その場所はそんなに遠いのですか。」と、相手の顔を見ずに尋ねた。これには青竜王も困ってしまった。どこまで相手の道士が知っているのかわからぬままに、「実は仙界へ」とは言えない。はて、どうしたものかと返答に窮していると、道士は道楽息子の様子を眺めながらクスクスと笑いだした。敖家の若長はどういう反応かわからず呆気にとられた。
「失礼致しました。言えない場所なのですね。以前にもこんなことがありました。あれには当惑するばかりです。何も伝えてもらえないことは辛いのですが、聞かないでほしいと弟子も申しておりました。」
 ようやく青竜王は理解した。何もきかされていないというのは麒麟たちの関わっている一件のことなのだろう。自分も知らない事件が麟という元おちゃらけ仙人に起こったに違いない。だが、おそらく人界以外との関わりなど、この善良そうな相手には切り出さずにいたのだ。それは自分という人間を見るこの男の眼が特別なものに変わらないために……転生してもあの気性は残っているのだなと若長はホッとした。だから麒麟たちも王夫人もましてや西王母までが肩入れして止まないのだろう。自分もこれで共犯だと顔がニヤけた。それは嫌なことではない。むしろ嬉しい話だ。
「私のかっての知り合いにも同じような者がおりました。おちゃらけた奴でしてね。人に心配されるのが嫌いなのに、どうも人に迷惑をかけるのが多い奴でした。同じですね。あなたの弟子殿も。」
 まったい問いの答えにはなっていないが、青竜王はかつての友人の姿を言葉にした。「本当ですね。」 道士もそう言って微笑した。少し救われたような心持ちで緑青は対する相手に感謝した。いじいじとしていた気分が晴れるようだと、なぜか相手の言葉を感じた。落ち着いてよくよく相手を観察すると、一見善良そうな道楽息子風ではあるが、何かしら底知れぬものを感じた。
「きっとあなたは名のある方なのでしょう。本当に申し訳ない。そんな方に伝言を届けていただくとは失礼致しました。」
「いえ、私もちょうど暇にしていたものですから、横手からしゃしゃり出て参っただけです。この屋敷にてしばらく滞在ください。ここは私くしの分家筋の家ですから、何もお気がねなさいませんように。お弟子さんもじきにお戻りと思います。」
 敖家の若長はそう言うと立上がり、一礼して部屋を後にした。それから主人のところへ行き、くれぐれも大切にもてなしてくれるように頼んだ。
「それから、人狐であることは決してあの方に喋ってはいけませんよ。そうそう、私の素性もはぐらかしておいてください。」
 主人は青竜王の言うことに一々丁寧に頭を下げた。主家の若長は帰りかけに、どうして麟という人物がここへやって来ることになったのかを尋ねた。
「はい、私の姪が野犬に襲われ困っていたところを助けていただき、そればかりか姪が恐怖のあまり狐の姿に戻っても少しも驚かれずに大切に保護してくださったそうです。弟はそれに感激してあちこちの縁者宛ての紹介状を渡したようです。」
「そういう奴だったなあ。」
 主人に向かってではなく懐かしむように若長はぽつりと言った。「はあ!?」
 主人が聞き返そうとするのを手で制して、若長は玄関を出た。屋敷の内では、残された主人が何も言えず見送った。とんでもない相手に姪は助けられたものだと、主人は青竜王の姿が見えなくなるまで玄関に立ち尽くした。早く、その本人に逢いたいものだと主人もワクワクとした気分で館の奥へ入った。





 一方。怪我を負った若い道士を迎え入れた瑶池の館では、その手当で上元夫人が借り出され慌てふためいていた。
「とうとうここへお連れになってしまったのですね。」
 手当をしながら、側にいるこの館の女主人に言葉をかけた。できることなら逢わせないでおいたほうが良かったと続けた。
「私くしとてわかっておりますよ。ただ、今回は仙界との関わりで麟が傷を負ったから連れてきたのです。」
「すぐ人界へお返しください。西王母様。」
「傷が治り次第返しますよ。何も虜にするではなし、上元は心配しなくてもよいのです。」
 道士の怪我は身体の中で矢が折れ、蹴られたせいで折れた矢がバラバラになっていた。身体に残っている矢を取り除くのに、さらに肩の傷を広げなければならず重傷であった。人界ならば生命はないかもしれない。手早く仙女たちが広げた傷口から矢片を取り出し、傷を縫い合わせ竜丹という万能薬を口に含ませた。傷口には血止めの薬を塗りぐるぐると包帯できつく止血した。手当が終わると手伝いの仙女たちは下がり上元夫人と西王母だけが残った。
「この子の看病は私くしがします。今のところ急ぐ用件もないし、あなたと九玄(九玄天女)で処理してください。」
「そうはおっしゃられても、私くしたちだけでは無理でございます。麟の世話は他の者に任せられてはどうですか。」
「わが子の面倒を母がみてどうしていけないのですか。」
 そう言った限り女主人はてこでも動かず、上元夫人のほうが折れて部屋を出た。傷口の加減でうつぶせに横たえられた麟はやや蒼ざめた顔をしているが静かな息をしている。
作品名:茅山道士 かんざし1 作家名:篠義