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ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス)

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 ミナは自分がスリを働こうとした事はすっかり忘れてしまい、デスプの非のみをとがめた。
「ミナ、俺の名はデスプ。俺にはおでこが無いんでね。お詫びの代わりといっちゃーなんだが、お使いの後、面白い所へ連れてってやるから、機嫌直せよ」するとゲンキンにもミナの顔がほころんだ。
 ミナの作戦?成功といったところである。
「ほんとーー?約束だよ」
「ああ、約束だ。それじゃー、まずはつまらないお使いを済ませてしまおう。左下にあるケースの中にマネーカードが入っている。それで俺の指示する店で買い物をしてきて欲しい。後はきみの好きなものを好きなだけ買ってくるといい。ただしそのマネーカードは普通じゃない。でも気にすることは無い。所詮はカードに過ぎない」そう言うとケースの蓋が開いた。ミナはそのカードを無造作に取り、自分のポケットホルダーにしまった。
 一件目の店に着いた。店に向かおうとするミナにデスプは言った。
「ミナ、ユリスは多分お前がもう戻らないことを望んでいる。しかし俺はまたお前に会えると信じている」真剣にデスプが言うので、ミナは訳が分からず困ってしまい、「何言ってんのよ。おつかいして来るだけよ。すぐ戻るわ」そう言って店に入っていった。ものの数分でミナは約束どおり戻ってきたがひどくご機嫌が斜めだった。コックピットに入るなり、デスプにドアを閉めさせた。
 閉まったと同時に、カードをケースに投げ入れ、大声で怒鳴りちらした。少しだけデスプの言った事の意味が分かったからだ。
「なんなのよ?このカードは?あたしに町ごと買わせる気?それに使っても、使ってもぜんぜん額が減らないじゃないこのカード!こんな物持たせてあたしを試す気なの?もしそうなら、あんた達とは今の今、この場で絶交よ。なんとか言いなさいよーーーー」
 腕組をして目を硬く閉じ悔しさと情けなさと惨めさで涙が零れ落ちた。
 デスプはことさら、静かに答えた。
 「ミナ、言っただろう、このカードは普通じゃないと。確かにそれは事実だ。だが気にする必要なんか無いんだと。ユリスはお前がそれを盗んで逃げてくれればいいと望んでいる。そのことも事実だ。俺にはそれを黙っていることも出来たが、ミナには知る権利があると思った。だから伝えた。そのカードがあれば、この世で生きていく大体の障害からは開放され、守られる。その気になれば、贅沢三昧も可能だろう。スリなんかしなくて済む。ミナに幸せになってもらいたい。ユリスの望みはそれだけさ。あいつは他に何も望んじゃいない。あのカードにはユリスの気持ちが込められてはいるが、所詮はただのカード。しかし、お前にとってはただのカードに過ぎはしない。ユリスが思うように、お前に幸せだけを運んできやしない。俺にはそれが分かる。だから、なにも気にする必要なんかない。あいつは、愚かで考えが浅い。奴がどう考えていようと、ミナは自分の信じる道を行けばいい。誰も止められやしない。あれはちょっと金額の大きなプラスチックの板だ。俺はそんなものでミナがどうこうなるとは考えちゃいない。しかし今後の事となれば話は別だ。いいかい、どれだけ知っているか知らんが、ユリスと関われば、理不尽なことの連続だ。あんなカードなんかどうって事はない。屁みたいなもんに思えるほどにさ。そんな世界に足を踏み入れ、お前が苦しむのをユリスは見たくはないんだ。あんなちっぽけなカードぐらいで動揺するようじゃ、お前には無理だ。ユリスにこれ以上の深入りはよせ。分かってくれ、ミナ。信じて欲しい、ユリスも俺もお前を試すなんてことは、考えてもいないんだってことを。」
 デスプはミナが好きだが、彼女を我々の世界に入れるべきでないとユリスから言われている。合点が行かないが理解はしている。
 しばらくの沈黙の後デスプはさとす様に言った。
「さー、ミナ送って行こう、お前の家は何処だ?」とデスプが言うと「家?忘れちまったわよ、気にする事無いんだろ。ユリスが待ってるぜ、おつかい済んだら、いいとこ連れてってくれるって約束したろ、デスプ。いつも約束守るのはあたしばっか、じゃん。それより次はどの店だ?まだお使いも終わっていないわ、デスプ。もう話はおしまい。さー、お使いよ。ゴーー」
 この一瞬でいつものミナにもどっていた。タフさなのか?ただの楽天家なのか?いずれにしろ、立ち直りの速さは、ミナの最大の武器であることは間違いない。
 お使いはすぐに終わった。後はミナのお楽しみタイムである。デスプは雲の上から沈む夕日を追いかけた。
 それは地球を追いかけているようにも思えた。時間が逆回転して朝日が昇るような雲海の上の夕日を一人占めしてクルーズした。
 ありとあらゆるテクニックを駆使してのアクロバット飛行はデスプの歓迎の表れである。
「地球が汚染され、汚れた大地と海を蘇らせる為、マザーガイヤは生まれた。ミナ、今俺達が見ているものは、マザーからの贈り物だ」
 充分に楽しみ、戻る途中デスプが言った。ミナはうなずくだけでただ黙っていた。
 デスプ達はマザーガイヤと戦っていると知っている。何か言うと、白々しくなるだけで、言い返せなかったし、デスプが返事を期待していない事もミナには分かる。
 マザーがした事には、善悪どちらもあり、どちらでもない。
 ユリス達の戦いにもまた善悪どちらもありどちらでもない。ミナは戻って部屋に入るなり興奮していた。
「ユリス、デスプは、最高だな、まるでツバメのように舞い、隼のように滑空する」そう言いながらテーブルの上に買ってきた物を置いた。見たことも無い品物が並んだ。ユリスの指示通り、両腕と両足首に器具を装着した。その間もミナはデスプの話で夢中である。
 装着して5分もしないうちに自分の声で話せるようになった。
 とんでもないガラガラ声でユリスがミナに話しかけた。
「ところでミナ、あのマネーカードがあれば一生不自由無く暮らせるはずだ。戻ってくる理由は無いと思うけれどね」
 ユリスが本題に入った。
 ムッとしてミナは声を荒げた。
「スリだと思って、馬鹿にしないで!あたしを見首らないでよ。確かにあたしはスリさ。金の為ならどんな悪事も働く。しかし殺しと裏切りと嘘は付かない。恩義あるあんた達には背いたりしない。金額見てびびったのは事実だけど、見たことも無いほどの額のマネーカードだったからね。デスプはカードを手渡す前にちゃんと言ってくれたし、色々教えてくれた。あたし馬鹿だから、すぐにかん違いするしね。そりゃ金さえあればこの世界では、多くの悩みや苦労はなくなる。そんなこと考えるまでも無いことよ。あたしにとってあのカードは夢にでてくるほど魅力的さ。当然誘惑が無かった訳じゃない。でも、大事なものに背いたら、そんな金なんの意味もないじゃん。あんなカードの為にさー、自分を売れないわ。それが分かった。でもユリスはどうしてあたしに逃げて欲しい?あたしが嫌いなのか?」ミナがこれほど悲痛な表情をするとは思わなかったのでユリスはとまどった。
 ミナにはユリスの気持ちが痛いほど分かるけれど、それでも納得がいかなかったのだ。わがままも無理も承知で問いかけずにはいられなかった。