ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス)
ミナが遠巻きにその姿の美しさを鑑賞しているとチャップがコックピットを開き飛び乗った。チャップ専用のシートが用意されていた。
コードが何本も延びてきて、チャップに接続されるとチャップに、この機の操縦マニュアルがロードされた。
そしてチャップと機体は一体となった。
マシンに命が吹き込まれ動力が目覚め、唸りをあげた。
優雅な姿とは対照的にその動力音は戦闘的なマシンノイズと大気を揺るがす桁外れの野獣の咆哮を伴っていた。
ミナの血が熱く騒ぐのに十分な美しく荒々しい音色であった。
「ヤルワネ、これはただ者じゃーないわ。これなら、デスプにだって一泡ふかせてあげられるかもしれないわ。」
ユリスはミナの闘争心の矛先が向かう先はやれやれ、やっぱりそこか?と思いながら言った。
「この機はミナに合わせた仕様になっている。ミナとチャップ以外が飛ばすのは不可能だろう。しかし一つだけ約束してくれ、この機でデスプと張り合うのだけはやめてくれ、お互い意地を張り合って壊れるまでやり合いかねないからな。様々な機能があるが、すべてチャップが知っている。チャップ以外には様々な機能を引き出せないようにしてある。この機はチャップのもう一つの体と言っていいだろう。もちろんマニュアルでミナも操縦出来るが、運転はチャップに任せた方が無難だな。チャップは、理性の面では遥かにミナよりすぐれている。」
ごもっとも。
ミナはユリスの話しをまるで聞いていなかった。今度はさわりだし、その感触でこの機の素晴らしさを確認し始めた。
ミナならではの行動だ。触れると更にその本質を掴み易くなるのだ。
ミナに嘘もハッタリも通用しない。見えているものが別の次元なのだから。
ミナにはこのマシンが愛しくてならなかった。
これからくぐるであろう、戦火の中を共に進むと思うとなお更である。
ミナは動力部のある位置に手を置き、なにやら会話をしているようであった。ユリスと向き合い、ミナは尋ねた。
「こんな素晴らしいマシンを誰が開発したの?」
ユリスは隠すでもなく答えた。
「デスプのマシン開発を担当している、ゴン爺さんさ、今度合わせるから、礼を言うといい。基本デザインやこまかな仕様は全てぼくが手がけた。デスプの時の技術を惜しみなく投入している。しかしお任せで黙っていると、とんでもないことに成るからな。最後までぼくが監修した。気に入ってくれて嬉しいよ。苦労のし甲斐があった。」
ミナは興奮ぎみに応えた。
それを聞いて感激もひとしおである。
「気に入るも何も、最高のマシンだよ。デスプとは大違い。これが本当の、ユリスプロデュースよ、見たか?デスプ。おかしなアートディレクター達作とは、センスが違うわね。やっぱりユリスだわーー。でも、高かったでしょ?いったい、いくらかかったの?あたしに払えるかしら?」
ユリスは無料だと言って、ミナのプライドを傷つけ、機嫌をそこねると困るので、小型の最高級スペースジェットが買える程度の値段を言う事にした。うそがバレルと困るので、申し訳なさそうに小さな声で、「100億アース。」と言って答えた。
もし本気で他の誰かが造るつもりになって、その百万倍の金額を出したとしても造ること自体不可能だろう。
金では買えない魂や技術がこのマシンには詰め込まれていた。
ユリスにしても、ゴン爺さんにしても、その他の多くのプログラム達にしても、金では動いてはくれない。
彼らは金額や世俗の価値観では計れない別の世界の存在であった。
ミナはその金額の安さに驚いたが、このマシンで飛べる喜びの方が大き過ぎて、理性は麻痺していた。
早い話、金額がいくらであろうとどうでも良かった。
「今度利子を付けて倍にして持ってくるわね。やっぱ、持ちきれないから、あなたの秘密口座の方に送金しておくわ。まだ、利子分ぐらいしか持ってないけど。あたしもう時間なの、行かなきゃ。昨日は来てくれてありがとう。昨夜はとても楽しかったわ。ダーリン。」
利子分しか持っていないのに、倍にして払いきれるつもりでいるのだろうか?
そう言ってコックピットに飛び乗った。
「ミナ、こいつの開発コードネームは、ファイヤーバードだった。そう呼んでやってくれ。」
「よろしくね。ファイヤーバード。あたしは、ミナ。そして、あら?チャップとは、もう、自己紹介終っているの・・・そう、割と気さくでいい奴?へーーー?・・でっ、ご出身は?・・・・」
出身地を聞いてどうするつもりなんだ?答え様がないだろ。膨大なパーツから成り立っているのだ。
コックピットがスライドして閉じられた。
一抹の不安を抱くユリスだった。
ガレッジの上部が中央から開き、ミナの愛機ミナ&チャップ。ファイヤーバード号は処女飛行へと羽ばたいて行った。
ミナがオフィスに到着すると同時にテレックスが入った。ガイャ政府メインフレーム直属の治安維持情報局の者らしい。簡単に言うとガイャの差し向けた犬である。
「はじめまして、治安局特殊捜査課のクレイと申します。時間の無駄はお互いの 利益に反するので率直に申し上げます。あなたがかくまわれているアンドロイドは大変危険な戦闘用兵器です。こちらに引き渡していただきたいのです。了承頂けますね。」
クレイはかなり高圧的な態度で切り出した。ユリスやロンとはタイプが違うエスパーでミナは初めての感覚を覚えた。
容姿は痩せ気味の生真面目な秀才と言う印象だが、その本性はクレバーなボクサーのようにしたたかで、計算づくである。狙いすましてスクリューパンチを繰り出してくる。ミナは反射的に身構えた。
「サー、なんのことか存じませんが、たとえ知っていても、お話しすることは出来ません。あたしはシークレットサーチャーです。仕事は全てあたし個人に依頼されております、職務上知りえた依頼人の秘密を守る事があたしの仕事です。お役に立てず申し訳ありません。そんなに危険なら、軍でも特殊警察でも使ってそのアンドロイドを探されたらいかがですか。それより、お聞きしますが、もし仮に見つけ出せたとして、どうされるおつもりです?」
クレイは殆んど感情を表に出さず答えた。
「そうおっしゃると、予想はしていましたが、誠に残念です。これであなたは政府や社会を敵に回すことに成りました。賢明な判断とは言いがたいと思います。質問に対して詳細にお答え出来る立場にありませんが、もちろんアンドロイド捕獲後は違法行為の産物でもありますし、適切な処分をすることになるでしょう。」
ミナは感情が高ぶるのを抑え切れなかった。この場合の処分とは廃棄処分を意味しており、抹殺されてしまうのである。
そして肉体は、細切れにして実験材料となるのだ。その脳までも。
怒りがこみ上げてきて、対決姿勢をあらわにした。
「優等生の回答をしたつもりでしょうが、零点ね。帰ってゾフィーに伝えなさい。あたしには脅しも、権力の暴力も効かないわ、怪我をしたくなければ、この件から手を引くことね。それが唯一で最善の解決策であると。」
クレイは相変わらず表情一つ変えずに言った。
作品名:ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス) 作家名:高野 裕三