ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス)
「ありがとう。本当にありがとう。どれほど感謝してもしきれない。わたしには分かる。ロッキーがあなたがたをどれほど信頼しているかが。あいつは本当にやさしい奴で、わたしの為に色々と危険を冒して来たに違いない。わたしはこれ以上の我が侭を言うつもりはありません。これで充分です。わたしがもしこれ以上を望めば、またあいつは無理をして、今度こそ取り返しのつかないことに成りかねない。ミナ、ロッキーに伝えて下さい。」
ミナは、グシャグシャな顔をボブに向けた。
「ヒャイ。」
『ハイ。』と言ったつもりだ。
「メッセージは確かに受け取りました。こちらこそ、いつも、いつも、ありがとう。ロッキー。わたしこそ幸せでした。もうこれ以上わたしのことを心配しないで下さい。元気にやって行きますから。お前は自分の心配だけをして、この空の下、何処かで生きていて下さい。わたしにはそれだけでおまえと生きている幸せを感じることが出来るから。ありがとう。ロッキー。」
ミナはロッキーを録画した時と同じようにボブを録画していた。
ミナは、録音を開始はしたが、大泣きしてしまい、何が何だか分からなくなっていた。
ミナの大泣きの声まで録音されちまった。
ボブに慰められてやっとのことで話せるようになったミナである。
ミナは涙もろくはない。こんなことは、ミナの人生において初めてのことだった。
「確かに伝えます。ロッキーもさぞかし喜ぶことでしょう。彼は片時もあなたを忘れたことはありません。いつもあなたを気遣っていました。」
ミナはカバンから報告書を取り出しボブに目を通してもらった。契約が全て終了したことがしるされていた。
極秘の任務であるためボブが目を通したら、すぐに焼却される。
「これであたし達の仕事は全て終了しました。既に契約の金額をはるかに超えた額が振り込まれておりますので、もう振り込みは結構です。時間ばかりかけたあげく、満足行く結果を出せず、申し訳ありません。」
ミナは深々と頭を下げた。
「やめてください、どうか頭を上げて下さい。あなた以外にこの仕事を依頼する気も有りませんでしたし、受けても貰えなかったでしょう。感謝こそすれ、あなた達の仕事に不満などあるはずがありません。ところで、確かにこの契約は終了しました。しかし新たな契約が同時に発生しました。よって、シークレットサーチャーのプライドにかけて請けてもらいたい。ロッキーをよろしくお願いします。あれが頼れるのはきっとあなた達だけでしょう。契約書は必要ありません。振り込むのはわたしの勝手です。請けていただいたものと信じています。動くのはあいつに何かあつた時だけで結構です。よろしくお願いします。」
ミナは、両手を前にかざし、振った。
「それは、出来ません。これ以上のお金は頂けません。やめてください。ほんとうに困ります。」
ボブは、ミナよりさらに深々と頭を下げ、上げなかった。
この主人にしてあのロッキーありき。
ミナは狼狽して頼み込んだ。
「ホント、マジやめてください。困ります。依頼人に頭を下げられたのでは、立場が逆です。そう言うことは、本来こちらからお願いするのがスジですから。」
ボブはやっと頭を上げた。老人の目には涙が溢れていた。
「みっともない所をお見せして申し訳ありません。あいつのフビンな身の上を考え、心休まる日はありませんでした。しかしあなた達の仕事を拝見していると、暗闇に光りが差し込んだように思えるのです。複雑な感情が入り混じり恥ずかしながら、収拾がつかず、とりみだしてばかりで、申し訳ありません。」
ボブは、涙ではらした目をぬぐった。
ミナの口ぶりや音声を分析して、ボブはミナがこの件が終わったと考えていない事も、この件を終わりにする気が無いことも察知していた。
そんなミナの心意気が嬉しかったのだ。
ボブをはげまして、ボブが落ち着いたのを確認すると、ミナはボブ邸を後にした。
門を出て愛車のあるところまで、歩いていると、ミナを待ち構えていたカプチーノが後ろから追いつき、声を掛けてきた。
「ミナ、久し振りぶり、お前のユリスを連れてきてやったぞ。ありがたく思え。」そう言うとミナのすぐ脇に着地した。
ユリスのヘルメットの前面が斜め上にスライドしてユリスのにこやかな顔があらわれた。
「イヤー、ミナ、近くに用があって、ミナがここに居るっていう情報が入ったから、カプチーノがミナに会いたい、会いたいって、うるさいもんだから、忙しいだろうから駄目だって、言ったんだが。どうしてもいやだって、それでしかたなく、会いに来ちまった、すまん。」
ユリスさん、支離滅裂ですが?
ミナは笑いを抑えきれず、吹き出した。
「あやまることないのに・・・」
カプチーノが怒り狂って、ユリスを嘘つき呼ばわりしているのもおかしかったが、ユリスのこんなしぐさを見るのも初めてだったので我慢しきれなかった。
「せっかくユリスが会いに来てくれたのだもの、今日の仕事はもうおしまい、朝まであたしはユリスのものよ。」
カプチーノがさっきまでは罵声を浴びせていたが急にトーンが上がって。自分の事のように喜んだ。
「やったぜ、ユリス。そうこなきゃー。この色男、憎いねー、しっかりやれよ、この機を逃すんじゃない。いいか、僕が教えたとおりやればうまくいく。分かったな。けっして下心があることを気付かれては駄目だぞ。あせっちゃ駄目だ、力じゃお前が負けるんだからな。その時は僕が付いてるぞ、上手く取り成してやるから心配するな。」
ユリスは顔を真っ赤にして何も言うことが出来ない。ユリスを横目で見て、ミナはカプチーノに言った。
「カプチーノ、ユリスに変なこと教えちゃ駄目よ、あんまりズル賢くなり過ぎてデスプみたいになったらあたしが困るもの。」
カプチーノは納得した様子で答えた。
「そうだな、デスプは一人いれば十分だな。分かった。作法を知らない馬鹿息子だがミナそこのところよろしく頼む。」
ミナはカプチーノに、にっこりほほえんで、言った。
「あたしにまっかせなさい。カプチーノの頼みなら、ひとはだでも、ふたはだでも脱いじゃうんだから。」
最後はカプチーノの「イヨー、大統領、この太っ腹。男の中の女だねー。なかなか出来ない事とだよー。」の訳の分からない、誉め言葉で締めくくった。
カプチーノが人をおだてるのが上手いのか、ミナが単純過ぎるのか、その両方なのかは知れないが、話はひとまずまとまったようだ。カプチーノはなんだかんだと言ってもユリス、ビイキなのである。
ミナは苦難の道のりを自ら選び、息を切らせて走って来た。他に楽な道はいくらでもあった。
そして今また、大きな壁が立ち塞がっており、それに挑もうとしている。
乗り越えられるのか?不安でいっぱいである。そんなミナにとって最高のご褒美が用意されていた。これでまた明日を信じ、前に進んで行ける。そんな気がした。
出合った時からその予感に変りはない。
ミナはくじけそうな自分を支えてくれているのが誰なのかを知っていた。
出陣
ミナがドラゴンフィストの館で目覚めるのは久しぶりであった。バルコニーに色々な小鳥が入れ替わりやってくる。
作品名:ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス) 作家名:高野 裕三