ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス)
チャップは尻尾を立てて左右にふり、GOサインを出した。ミナは付かず離れず尾行した。ライトプレーンはある建物の上空に到着するや垂直に降下した。
屋上に着陸すると、格納庫のゲートが開きその中へとライトプレーンは消えた。
ユリスの家を確認したミナは、チャップと顔を見合わせて二人でガッツポーズを取った。
一旦家に帰り、あらゆる情報網を駆使して、ユリスに繋がる手がかりの収集に励んだが、何重にも張り巡らせたプロテクトで守られていて何も分からずじまいだった。しかしながらあの館は大変有名な家であった。もちろん一般の普通の人々にとっては、知る余地もないが裏社会に少しでも通じているか、事情通の者であれば知らない者はいない悪名高き館である。しかしミナにはそんな噂など気にもならなかった。まったく臆する事無く潜入する計画を立てた。
正面玄関は有るには有るが8メートルの半透明な壁で囲まれていて、何処がどう開き、中に入れるのか皆目見当も付かない。もちろん呼び鈴やインターホンが付いている訳が無い。この壁は飛び越えるしかない。特殊ワイヤーロープを掛け、ひとっ飛びで敷地内に降りたった。
ミナにとってはハードルを飛び越えるのと大差ない事である。しかし、真昼間から、この館に堂々と押し入ること自体、キチガイ沙汰である。
この周辺はスターダストでも最も危険な指定地区で、人っ子一人見当たらない。別に侵入禁止の札が掛かっている訳でもないのにである。暗黙の了解でむやみに近づいてはならない、神聖であり、かつ恐怖のエリアである。
取り敢えず、敷地内には入れたが、家は何階建てなのかも表面からは判らない。進入可能な所と言えば、所々に大きなバルコニーがあり、大型のスカイカーゴでも離発着出来る広さがある。
バルコニーと言うより庭に近い広さだ。地上から一番近いバルコニーでも15メートル上空にありそうだった。建物全体は巨大な樹木で覆われていて、バルコニーにも緑や巨木が生い茂り溢れていた。目的のバルコニーと樹の間はかなりの距離があるが、樹から樹へと渡り登って行けばバルコニーまで行ける。そんな事を思いつくのはミナぐらいのものだろう。それをいとも簡単に、やってのけるのもミナぐらいのものである。
ミナはまるで猿かリスのように、あっと言う間にバルコニーに一番近い樹の枝の先まで登り、別の手頃な枝に飛び移るや、その反動を利用してバルコニーに降り立った、まるで空中ブランコの曲芸のようなあざやかさであった。バルコニーに面したドアは開いており、あっさりと潜入できてしまい拍子抜けしてしまった。
「無用心だなー、鍵も閉めないで、泥棒が入ったらどうするつもりだ」と不平をもらしながら遠慮なく中に進んだ。
この要塞に命を捨ててまで押し入ろうなどと考える泥棒がこの世にいるとは到底思えないが。
その部屋を出るとメイン通路があり、ミナが立った場所が円形ステージのようにひかり、アナウンスの声がした。
「ようこそいらっしゃいました。御用を申し付け下さい」
ミナは怒鳴られるかサイレンでも鳴るのかと思ったが、馬鹿丁寧な挨拶をされたので苦笑いをした。別に悪さをしに来た訳じゃないので用件を正直に言った。
「バルコニーから失礼。実はユリスに会いに来たんだ。居るかなー、あいつ?」
アナウンスの声は相変わらず丁寧だった。
「いらっしゃるには、いらっしゃいますが、少々お待ち下さい」と言うとなにやら考えているらしく、うーんとか、あー困った。とか言う声がした。ミナは、笑いを堪えるのに苦労した。『聞こえているんですけど…』
「お待たせいたしました。あのーどうしてもお会いになられますか?」と聞いてきた。
ミナは憮然として、「当たり前だろ、その為にわざわざ来てやっているんだ」と言った。エライ上から目線で。
今度は素早い反応が返って来た。
「分かりました。ではお連れいたします」
ミナの乗った円形ステージは滑るようにミナを乗せユリスの居る部屋まで案内した。
部屋に着くと円形ステージは消えてなくなっていた。そこで見たものは大きな棺のような装置内で眠るユリスであった。透明な物質の上に仰向けに横たわっていた。その物質は液体なのか固体なのかも判らないがその物質にユリスは抱かれるように浮かびピクリとも動かなかった。
ミナと出会った日、別れて館に戻り、すぐにユリスは仮死状態になった。既にあの時のユリスの面影は無く、変わり果てた姿となっていた。全ての筋肉は無くなり、骨と皮を残し、ミイラ化していた。
そんな状態にもかかわらず、ミナにはこのミイラ化した肉体が間違いなくユリスであり、まだ生きていると確信していた。
ミナの顔から表情が消えた。
「なぜ?」
すぐに空飛ぶお盆が数種類のドリンクとお菓子を載せて来た。
「どうぞ、召し上がって下さい。ユリスはこの通り眠りに就いております。いつ起きて来るのかは誰にも分かりません」とアナウンスの声が言うと、ミナは声を張り上げた。
「ユリスはドラキュラだったの?良くあるパターンじゃん」
何を言うかと思ったら?そっちですか!
「イエ、イエ、イエ、イエ、そんなものではございません。もっと、・・イエ、イエ、イエ、イエ、違いますとも。ごく普通の人間です。ハイ、いたって普通のですねーー・・・・」
かなり、ツラの皮が厚い。堂々とこれが普通に寝ていると言えるのだから。肝心なその顔が無いけど。しかし、もっと、何だと言おうとしたのだろう。
「あっ、そーー。もう少しここに居てもいいか?」
アナウンスの声は、『マジですか?』と言いたげだった。
「もちろんですとも。どうぞ、ご自由にお好きなだけいらっしゃって結構です」といわれ、ミナの為に、ワンセットのテーブルとイスまで用意された。
ミナはそこに腰掛、出された物を残らず食べた。そして一時間ほどユリスを眺めては仕方なくその日は帰っていった。
そして、次の日もその次の日も同じ時刻に来ては帰って行った。しかし違う事が一つだけあった。日を追う事にその進入の仕方が大胆になっていったのだ。
二日目は門を飛び越えるのが面倒でスクーターから敷地内に飛び降りた。三日目は、木に登るのが面倒くさいと言って、空中でスクーターから、バルコニーに舞い降り、チャップに運転させ遠くで待機させた。四日目は、バルコニーにスクーターごと降り立ち、チャップに運転させ上空で、待機させた。五日目は、庭にスクーターを堂々と駐車し、お菓子やドリンクの好みまで言うようになり、とうとう8日目には「お前もおいで」とチャップを連れて、バルコニーに自分のエアースクーターを止めたまま入っていった。
するとアナウンスが「お嬢様、次回からは、お乗り物は屋上か玄関横のポートエリアにお止め下さい。バルコニーにおとめになるのはちょっと?玄関ドアは開けてございますので」と言うと、ミナは不満そうに口を尖らせた。
「だってさー、この家、玄関が何処だか分からないから仕方なくバルコニーから入っているんだ」と言った。
作品名:ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス) 作家名:高野 裕三