ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス)
最後の一人は会社を辞職した次の日に交通事故で即死している。目撃者すら居ない。単独事故の扱いで処理された。
いずれの事件も、完璧と言えるほど事故、事件に巻き込まれたか、もしくは自殺に偽装されており、同一犯の殺人事件として立証するのは困難である。
加害者が自主するか、犯人の動悸と事件に関する決定的証拠が必要である。
警察の捜査が打ち切られた今となっては、司法の手で解決する事はほぼ不可能である。よって秘密探偵ミナの噂を聞きつけて、最後の頼みの綱とした。
ミナは遺族の依頼を受けるに当たって多くを望まぬよう忠告をした。そして被害者と遺族の復習をある程度成就出来れば、どのような形であっても構わない、法的制裁には固執しない、と言うのが遺族側から出された提案であった。
ミナは殺し屋ではない。殺し屋であればやる事は既に決まっている。関係者を白黒関係なく全員殺すだけで任務は終了する。デスプなら朝飯前でやってしまうだろう。
デスプ以外は、裏社会であったとしても、いくら金を積んでもそんな仕事を請け負う殺し屋などいないだろう。
地球政府要人にまで及ぶ殺戮になるだろうから。見返りにまわす敵が大き過ぎる。
そこでミナは、別の制裁方法は無いか、遺族の納得の行く解決方法を模索していた。
ベン宇宙科学開発研究所はベングループの一部門に過ぎないが、ベン社が死の商人たる証である。
兵器の開発や研究はここが一翼を担っていた。その役員に政府高官やマザーのマスターブレインの名も連ねてあった。
暗躍する裏社会の入り口がそこにはある。ミナはとんでもないもののシッポを踏んだと感じた。
アンドロイド犬の詳細についても明らかになった。開発コードロッキーP5、ゲリラ戦対応犬型アンドロイドで、遠隔操作が可能でいかなる場所に潜伏しているターゲットであろうと暗殺する為に作られた。
しかし研究チームはマインドコントロールに失敗した。
人口知能を埋め込まれ、高い知能と学習能力を手に入れた為、コントロールされているふりをしてアンドロイド犬は脱走を企て、それをみごと成功に導いた。
そして飼われていた主人の元に戻ったのだった。
飼われていた時の名も開発コードと同じロッキーと言い、ロッキーは、三十歳の時、内蔵疾患で死亡した。大変若くして死んでしまったので、主人の悲しみようときたらなかった。それからと言うものすっかり老け込んでしまった。
ロッキーは、DNAを組み替えて創られた犬である為、200歳程度なら生きられたはずなのだ。
その死体をベン社がいかなるルートを使って入手したのかは定かではない。もしかしたら、ロッキーの死因にベン社が関与している疑いもある。
ロッキーはうまれながらにして選ばれてアンドロイドにされたのだ。
ロッキーは遺伝子組み換えにより、超大型のシェパードである。ライオンより二回り以上大きい。そこに目を付けられたのだった。
自然界では到底存在しえない。
しかし、ロッキーは、こころやさしい主人に愛情を注がれ育てられた為、外観や攻撃能力は、ずば抜けているだろうが、性格的には温厚で忠実であり、心の優しい犬である。
非情なゲリラ戦にはメンタル面で向いていない。
いくらマインドコントロールをしたとしても生命維持に関わる部分にまでは立ち入れない。
そこにロッキーは活路を見出した。そこの部分に自分本来の情報を移したのだった。
そして、みごとに研究スタッフを欺いたのだ。
高度な知能を得て、あらゆるネットワークに侵入して得た豊富な知識をひそかに蓄え、反撃のチャンスをうかがった。そして最終段階のテストを兼ねた、デモンストレーションの場で関係者全員が見守る中、鮮やかと言える能力を見せ付けて逃げ去った。
ビルの120階にある特設ショールームからの脱走劇であった。
抗戦してきた警備ロボットをスクラップにしたまでは予定通りだった。その後である。制御不能なふりをして、狂ったように乱射して、隣のビルに飛び移ると屋上まで駆け上がり、遠吠えを一つして消えた。
関係者全員が青ざめたことに疑いの余地は無い。
ロッキーにはゲリラ戦用の特殊機能として、自分の姿を肉眼では見えなくし消し去ることが出来たので、その後の足取りも気付かれることなく逃げ切った。
これほどの大事件にも関わらず、部外者でロッキーを目撃した者は元の飼い主以外は誰一人として居なかった。
ロッキー専用に開発したエアーカーも持ち去られた。
市販品を改造しただけの物だから、ダミーのロボットでも座らせて、全自動で飛行していれば、ロッキーが同乗しているとは、まず気付く者は居ない。
その他にも、この事件では重大なミスを幾つも犯していた。
まず、第一に関係者全員の顔をロッキーに見られたこと。ロッキーは間違いなく事件全過程を録画しているであろう。第二に、エアーカーに留まらず、ありとあらゆる兵器を持ち出されている事。
ロッキーは開発中のものを含めて、その全てに精通していて、極秘中の極秘のトップシークレットを完成品と共にデータごと持ち去られていた。
もしライバル会社や兵器密売組織にでも漏れたらその莫大な開発費用が水の泡と消えてしまう。この種の製品は使われてナンボである。いくら特許をとっていても所詮は闇で暗躍する死の商人と戦争屋のマーケットである。
法律の及ぶ世界では無い。より良い商品をより安く提供した者が勝つ。もちろんロッキーそのものがベン社の科学技術の結晶である。そして動物兵器の開発は厳重に禁止されている研究であった。
ベン社は何故このような危険を犯してまでロッキーをアンドロイド化したのか?謎は多いが、誰の手にも渡してはならないことだけは確かだった。
戦闘開始ゾフィー
これだけ分かれば、後は一つ一つ当たっていくだけである。もちろん本社正門から入り、受付嬢のロボットの世話になるつもりはなかった。
上からの操り人形でしかない、開発部長や局長クラスの下っ端をいじめていたぶる趣味はミナには無い。
接触しただけで、翌日にはせいぜい口封じされるのが関の山である。ミナは頂上から攻めた。被害があったとしても、最小にすませたかった。
ミナはチャンスを狙っていた。社長、会長、取締役が集まる時を。
ベン社自身が撮影した事件の一部映像も、ビルの持ち帰ったデータに含まれていた為、それを最大限利用する考えでいた。
そして、ついにその日はやって来た。
取締役会議がいつもならテレックスで行われるのだが、よほど緊急なのか、極秘案件の話し合いなのか、二十人ものトップが終結した。
ロッキーP5の関係者も出席していた。
BEN本社ビル290階の会議室、全員席に着き、雑談でざわついていた。
センターにある三次元メインスクリーンに写りだされた人物の一声で会議室は静まり返った。
「皆さん、お忙しい所、ご苦労様です。わざわざご足労いただいたのは、この場を借りまして皆さんの結束をより確かなものにしたいと考えたからです。」
スクリーンの人物はゾフィーであった。
グランドマザーガイヤの直属のマスターブレインで八大天使の一人である。
作品名:ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス) 作家名:高野 裕三