ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス)
二人は旅行と言うより世界中にあるララのねぐらを渡り歩いていた。ララは観光地が嫌いだったし、ミナも疲れているだろうから、のんびりさせてあげたかった。
ララのねぐら、つまりアジトはほとんど絶景の大自然に囲まれた場所にあり、地球環境管理局の自動防衛システムによって人間の立ち入りが厳しく禁止されている場所だがララはフリーパスで通過していった。
ミナはこれ以上の贅沢なバカンスはないと思った。バカンスも残り1日となった日、ミナは得意顔で「あたし不思議なパワーがあるんだよ。」と思い出したように切り出した。
ララは軽い気持ちで、「あら、そうなの?それじゃー、見せてちょうだい。」と促した。
ミナはニコッと微笑み、違う金額のコインを2枚用意してララに渡した。「あたしに見せないようにして、手に隠して、あたしが当ててあげる。」と言った。ミナは何度やってもどっちに入っているかだけでなく、ララさえ知らなかった、金額まで当て、当たるたびに2人は大喜びではしゃいだ。
ララは「すごい、すごい。」と手をたたいてほめた。
次にミナは長さも形も違う木の枝を9本折ってきた。それを無造作に床にばら撒いた。ミナは両手を前に出し木と対話し始めた。すると木は宙に浮き上がり、8本がまるで一つの生き物のように一体となり踊りだした。
ララが指をパチィと鳴らすと、かかっていた音楽のボリュームが上がり、ダンスナンバーのミユージックにチェンジした。
音楽に合わせて木の枝のダンサーは軽快なステップと離れ業を披露した。
ララも負けてはいない、キッチンからスプーンや食器、書斎からは文房具、サングラスまで、飛んできて、もう一人のダンサーが登場した。たまらずララとミナも踊りだし、二人とダンサー達は大はしゃぎでダンスパーティーとなった。
踊りつかれるとミナは「もっとすごいことだって出来るんだよ。」と言って、水の入ったコップと空のコップを持ってきた。
「ララ、見てて、手を使わずにコップの水を入れ替えるから。」と言ってコップに手をかざした。
「あれ?出来ない。ユリスに教わったとおりにやっているのに。」と言って首をかしげた。
ララは大笑いでミナに話した。
「ミナそれは無理よ、この技はそう簡単には出来ないわ。それに今のミナではなお更ね。その時はユリスが側に居たんでしょ。それじゃーその場所とこの場所では条件が違い過ぎるわ。あなたは自分の力で出来たと錯覚しているけれど、それは違う。ユリスの力をあなたが借りて出来た事なのよ。でも、それでもすごいことなのよ。がっかりすることは何も無いわ。訓練すれば一人でも出来るようになるわ。ミナにその気があれば、の話だけれど。」
ミナは納得した。ユリスが言っていた。ユリスと同調してこの力は覚醒したって。ミナは直接ユリスには聞きづらい事を尋ねた。
「ねーララ、ユリスはあたしがこの力を身に付けることを望んでいる?もし、身に付ければ無敵の戦士になれるって。」
ララは考え込んで、「うーん、そうねー望んでいるよーな、望んでいないよーな、きっと、あなた自身の問題だって言うんじゃーないの?」
ララの言う通りだと思った。ユリスも、そう言うだろう。
「もしこの力が手に入るとあたしに大きな災いが降りかかるってユリスはひどく悩んでいたけれど本当にそうなの?」
ララは即答した。断固たる口調だった。「考え過ぎだよ、あいつは、ミナの事となると取り越し苦労をする。小さな障害でも排除しようと考える。過敏になっているだけさ。どんな巨大な力だろうとそれを持つ人の心が勝っていれば制御出来るものさ。力を持っている事より、どうコントロール出来るのか?どのように使うか、の方が大事なんだ。それにミナはもう目覚めてしまった。ミナのもう一つの時計は動き出している。心配しなくてもミナなら大丈夫。いかなる力にも、いかなる運命にさえ押しつぶされたりはしない。」
ミナはララが考えるほど深刻なことも大それた事も考えていない。ミナの目的はせいぜいユリスに内緒で力を付けて驚かしてやろうって、程度の考えだ。ミナはためらう事無くララに甘えるように上目使いで言った。
「ねーララ、あたしを訓練してくれない?お願い。どんなにつらくてもきつくても逃げ出したり、弱音を吐いたりしないから。」
ララはミナの目をじっと見つめた。人の心を読むのは得意分野では無いが、ララにでもおおよそのたくらみは読めた。ミナは本当に分かりやすくて、開けっぴろげで、本音だけで生きている珍しい者である。
「まーー、動機は不純だけれど。しゃーない。ミナのお願いじゃー断れっこないわね。でもわたしの訓練は半端じゃないわよ。覚悟は出来てる?チヘド吐くぐらいじゃ済まされないわよ。力を得る事は同時に力をコントロールするスベを知ること。制御するにはその何十倍もの精神強度が要求される。それに耐えうる肉体と精神がどのようなものなのか、言葉では表現出来ない。その力は諸刃の剣、つまりは自分との飽くなき戦いであって、おままごとじゃないんだから。」
ミナは生唾を飲み込んで、「難しすぎて、よく分からないけれど、お願いします。」と言って、頭を深く下げた。
確かにそれが正直なところだ。
ミナは本当に馬鹿正直なのである。
ララはミナに近づき「アアー、どうすればいいの?」と言って、自分のジレンマと戦った。
教えたい気持ちは山ほどある。しかし別の自分が「教えてはならない。」と言っている。
ララはミナの髪の毛をくしゃくしゃにかきむしり、ミナのくしゃくしゃな髪の毛が更にくしゃくしゃになった。
ララの手が静かにとまり、ララは意を決した。動機はどうであれ、問題ではない。そして許された道はこの子にとっては一つしかないのだ。たった一つの道を取り上げる訳には行かない。
良かれ、悪しかれ、の問題では既にない。ならば急がねばならない。運命より早く走らなければ、死に追いつかれる。
このチャンスをもし逃がせば取り返しが付かなくなる。ララにとって唯一で最大の賭けに出る時を知る。
ララは両手をミナのほほに当て、ミナを見つめた。
「気乗りはしないけれど、やるからにはモノにしな。」と言った。
そして、戦いのゴングが鳴ったことの悲哀をこめて祈った。
「ああー神様、自分の娘を谷底に突き落とすことを許したまえ。そして、出来るならこの愚かなる魂に一筋の光を。」と、つぶやいた。たまらずに、ミナをギュッと強く抱きしめた。
「ララ、痛いよ。それに、神様なんか何処にもいないよ。」
「ばかねー。あなたをこうして抱きたかっただけじゃない。何か言わなきゃ様にならないじゃない。」
「なるーー。」
なんともお気楽な船出となった。
その日、ララは、夜更けまでミナとはしゃいでいた。
これで、母子の関係は、最後の日と知りつつ。
試練
ララとのバカンスから帰ってきたミナは精力的に仕事をこなしていった。
ミナはドラゴンフィストには戻らずララが用意したアパートメントでララと暮らしていた。
いよいよ訓練のスタートである。
作品名:ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス) 作家名:高野 裕三