ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス)
「ミナに選択の余地は幾つも与えられてはいないだろう。このままではいずれ誰かに気付かれ、戦うしかなくなる。血みどろの戦いだ。今、完全に封印すれば元の生活に戻れる。災いも避けられる。考えてくれ。」
ミナにはユリスの言っていることが抽象的過ぎて良く分からなかった。ミナにとっては単なる遊びに過ぎず、妙な力なんか欲しくは無かったのでどちらでもよかった。
ただ、封印と言う、聞きなれない言葉の意味だけを知りたかったので尋ねた。
「ふういん?封印ってなに?どうするの?ユリスがそうしたいなら封印していいよ。」
ユリスは苦渋の表情で声を荒げて訴えた。
「そう簡単なことではないんだ。」ミナは怒られたと勘違いして肩をすぼめてちじこまってしまった。
ユリスは気を落ち着けて続けた。
「いいかい。ミナにとって重要なことだ。ミナ自身の問題なんだ。もし封印すればデスプやララ、ロン、そして俺と出会った後のこと、すべての記憶が消えてなくなっちまう。そしてもう俺たちが出会うことは無いだろう。たとえ偶然何処かで出合ったとしても気付かずに通り過ぎるだけだ。そしてもし誰かがミナの力を嗅ぎ付けて、封印を解こうとすれば、その時ミナは死ぬ。それで良ければ封印しよう。それで当面の災いからは逃れられる。幸いにして、このことを知る者は今の所、俺とララとロン、そしてデスプだけのはずだ。今なら誰にも知られずに済む。」
ミナはから笑いをして面白くも無いのに笑った。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ユリス冗談でしょ。死んでも封印なんかするもんか。これだけはあんたの頼みでもきけないわ。誰かがあたしを利用して悪だくみをしようとしても、必ず阻止してみせる。それが無理なら自分でこの命を絶つ。この力のせいであたしにどんな災いが降りかかろうと、けっして後悔なんかしないから。封印しないで・・・・・。おねがい・・・・。」
ミナの声が震えていた。
ユリスの心が初めて感じる激痛を覚えた。
「ユリス、あたしにとっては死ぬよりつらい事なの。封印されて、また元のスリに戻れと言うの?あんたと出会ってから、あたしずいぶんと変わったよ。友達や他のみんなもあたしの変わりように驚いていた。今のあたしが好き、前のあたしは嫌い、前のあたしには絶対戻りたくないの。戦うのは恐くない。死ぬのもこわくはないわ。恐いのは自分でいられなくなること・・・・・」
ミナは天国と地獄の狭間で祈るような思いでいた。ユリスがもし、どうしても封印すると決めればミナはそれに従うしかない。言葉ではいくらでも逆らえても、ミナはユリスの願いを叶えてあげたいと考える。ミナはユリスに最後には逆らえない。
ユリスは最初から覚悟を決めていた。
「ミナ、心配は要らないよ。お前の嫌がることを望む者はここにはいない。その為にララとロンをお前に合わせた。あの二人ならミナのことが分かると思った。ただ知って欲しかっただけだ。自分のことを、そして俺たちのことを、言えない事も多いがミナが知るべきことは全て話す。決めるのはあくまでミナ、君自身だ。おどかしてごめん。」
そう言って氷のように冷たく凍えるミナの体を包み込むように強く抱いた。ユリスはあらんかぎりの力で気を送り込んだ。
その瞬間、ミナの不安は消えてなくなり、ミナの体中に力が沸いてきた。その気はミナにだけ解読できるものだった。もう二人に言葉は必要なかった。
チャレンジ
ミナはオフィスに戻った。同僚たちが一斉に振り向いた。まるで幽霊でも見たような驚きで迎えられた。ミナが席に着くなりチーフが駆け寄った。
「ミナ生きていたのか?レイニーラインでターゲットが殺されたので仕事を終了してくれとテレックスでいわれた。迷惑料の名目でクライアントからは契約の10倍の額が振り込まれてきた。俺はてっきり巻き込まれて死んじまったのかと思ったよ。大変な惨事で、ほとんど手がかりが無いもんで心配していたんだ。」
このチーフ、人がいいようだ。ミナが戻ってきて本当に喜んでいる。そしてミナの探偵としての力量をいち早く見抜いていた。得がたい人材であると。
「チーフ連絡もせず、ご心配をおかけしました。色々と事情がありまして、またバリバリ仕事に復帰しますので宜しくお願いします。」
「いやーー、いいんだ、いいんだ。戻って来てくれただけで。それだけで万々歳さ。」
チーフは晴れ晴れとした口調で探偵らしくいきさつを述べた。
「あの依頼を請けたのは俺のミスだった。色々あっただろうが、胸にしまっておけ。この件の裏ではどうやらキラーチャイルドが動いたようだ。CSPが事情を聞きに来たんだ。もちろん追い返してやったさ。あいつらに肩入れする義理は無いからな。」
ミナはあれこれ聞かれると思っていたがチーフは自分の言いたいことだけ言うと席に戻った。
2分モしない内に。
「それじゃー打ち合わせするぞーー、忙しくなるぞー、名前が売れたからなー。」と言って、会議室にミナを呼んだ。
職場になんの障害も無く戻れ、クライアントから慰謝料が支払われたことは、ララとロンの働きかけがあったのだろう。チーフの言うとおり大きな仕事が入り忙しくなった。この忙しさも今のミナには心地いい。
そんなある日、久しぶりに休日がとれた。チーフの特別の計らいがあったのだ。ミナはどう過すか決めていた。ララから誘われていたからである。ミナはララに会うのを楽しみにしていた。
待ち合わせ場所に着いた。ミナの到着に合わせていたのだろう。真っ赤なスペースウイングが周囲の視線を集めながら降りてきた。コックピットから飛び降りてミナに駆け寄り、周囲の視線などお構い無しでミナを抱きすくめてほっぺにキスを連発した。
「元気そうねミナ。今日からしばらくは、わたしのものよ。ユリスには悪いけど楽しみましょ。」そう言ってシートにミナを誘導した。スペースウイングの中は以外に広く、くつろげる雰囲気の空間造りがされていた。
ララは運転には興味が無いらしく、全自動で飛ばしていた。ララとミナは対座シートで座り、空飛ぶリビングさながらである。ミナは母親に今日の出来事を話す子供のように、思ったことを何でもぶつけた。ララはどんな玉も正確にミナに返した。ユリスの事となると、ミナは熱が入るが、ララは妬いているのか、多少皮肉っぽい味付けがされた。
「ユリスのどこがいいのか知らないけれど、あんな引きこもりで根暗でオタクな奴はいないよ。趣味は悪いし、根っから悪い奴じゃないんだけれどミナ。考え直したほうがいいよ。子供でも出来た日にゃー、取り返しがつかなくなる。」
といった瞬間。
「いやだー、ララったらエッチなんだからーー。」と言って、ララの肩を叩いた。
ミナはもちろん軽くたたいたつもりだったのだが、ララは広いシートに倒れこんだ。
「痛いわねーミナ。あなたは馬鹿力なんだから、手加減と言うものをちったー覚えなさいよ。」と言って、たたかれた所を手で押さえた。
両手を合わせて、あわてて、何度もあやまるミナであった。こんな具合である。このへんは母子と言うより悪友かクラスメートに格下げをせざるを得ない。
作品名:ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス) 作家名:高野 裕三