ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス)
ミナなら簡単にできるはずだ。ぼくが最初にやって見せるから、同じことをしてくれ。りんごを5個テーブルに無造作に置いた。フォークを5本手に持ちテーブルに背を向けた。フォークを5本まとめて正面に向かって投げた。
フォークはばらばらにちり、Uターンして、まるで意志があるかのように飛んで行きそれぞれ違うりんごに1本ずつささった。それを見ていたミナが不平を言った。
「できっこないよ。そんなこと。」
ユリスはごねる子供をあやす様に話した。「そうだね、別に出来なくったって、構わない事だよ。でもミナなら出来てしまうんだ。自分を信じてごらん。ぼくの言う通りにすればいい。ミナにはぼくより、もっと難しいことだって出来るはずだ。それを今、ぼくが証明して見せる。」
そう言うとミナをテーブルに背を向かせて立たせた。そしてハンカチで目隠しをした。「では始めるよ、これからテーブルの上にりんごを置く、同じことをしてもらうけれど、ミナの場合はさらに難しくしてある。いくつおいたかは教えない。フォークは10本渡す。一つのりんごに1本のフォークを刺して欲しい。もしフォークの数がりんごより少なければりんごを貫通して次のりんごを刺してくれ。全てのりんごをフォークで刺すゲームだ。いいね。もしフォークの方が多ければ自分の手にフォークを戻して受け止める。俺には出来ないがミナなら出来る。」
りんごを12個テーブルに置き10本のフォークをまとめて持たせた。ユリスはミナに話し始めた。
「まずテーブルに何があるか感じてごらん。そうだ見えてきただろう、次にフォークに話しかけてごらん。りんごを刺すようお願いするんだ。すべてのりんごを刺すんだよ。いい答えが返ってきたら投げてごらん。答えは無い。フォークに気持ちが伝われば成功するだろう。」
ミナはその言葉が言い終わらないうちに投げていた。目にも止まらぬ速さだった、ミナの手から離れた瞬間、りんごに刺さっていたと言う表現が正しい。
しかし、フォークよりリンゴの数が多い。
フォークは、任務を遂行する為にりんごを貫通してまだ刺さっていないリンコに向かった。
ミナはユリスが思った通りの答えを出してはいない。
それ以上の答えだった。
ミナはあわてて目隠しを取り振り向いて「やったー。」と飛び上がって喜んだ。
10個のりんごにフォークは刺さり残り2個のりんごにはフォークが貫通した穴がぽっかりと開いていた。
十二個ものりんごが一瞬にして串刺しとなった。しかもフォークは、意思を持った。ミナの意思を反映して。
「よくやったミナ凄いぞ、俺の言った通りだろ、やり方は分かったようだから今度は一人でやるんだ。問題をもっと難しくしてあるから慎重にやってごらん。」
そういってまたミナに目隠しをして立たせ、テーブルのリンゴをすべてとってしまった。
「ゴー。」
ミナは迷わずにフォークを投げた。フォークはテーブルの上を高速旋回して戻ってきてミナの前でぴたりと止まった。
フォークがそこにあると知っているミナは迷わずに10本まとめて握り取った。
目隠しをそおーと取り、後ろを振り向いた。先ほどより更に大きく飛び上がり体全身で喜びを表現した。
リンゴがテーブルに一つも無いことを確認したかったのだ。
ユリスは驚きを隠さなかった。
「こいつは驚いた。出来るはずだとは思っていたが本当に出来るとは。正直な所、不安もあった。どの様にして手元に戻るのかが分からなかったんだ。ミナ完璧だよ。」
「ねーユリス。あたし合格?次はどうすればいいの?」
ユリスは少し考えて、キッチンにまた歩いていった。戻ってきて、テーブルにコップを置き、水の入ったポットを手に持った。ユリスは言葉を選び慎重に話しをした。
「これで最後の問題にする。今回はとても難しいし、大変なエネルギーを消耗する。今までのような物理的な枠から、飛び越えようと思う。時間も空間も操る技だ。教えるのはトリックではない。もちろんミナなら出来ると信じている。俺にその力を開放して見せて欲しい。今まではこのような力があることをミナ自身でさえ気付かずにいたはずだ。たぶんぼくが持つ波長とミナの持つ波長が同調したことにより目覚めたのだろう。ミナは知らず知らずにぼくと同調してその力を発動させていたんだ。今こそ開放する時が来た。ミナ自身の意思のもとで。たぶんララもロンもミナの力には感づいている。いくら隠しても他の誰かに知られてしまう。まず最初に俺が知っておきたいんだ。」
ミナにはユリスの真意までは到底理解できないがユリスがそれを望んでいる。それだけで十分だったのだ。
「まずぼくがやってみる。いくよ。」その一声で、ユリスの持っているガラスのポットの水が減りだした。そしてテーブルに置いたコップの中には水が注がれてあふれ出す寸前で止まった。ミナもユリスも1ミリも動いてはいない。
「エ?どうして?何をしたの?」
困惑したミナに何でもない風に答えた。
「瞬間移動の初歩的な技だ。時間と空間に穴を開けて縫い合わせたのさ。しかしトリックではないんだ。これが出来るのはそうは居ない。高等テクニックだ。これをミナにやってもらう。」
そう言うと、コップの水をポットに戻し元の位置に置くとミナにポットを持たせた。
その中にコインをポトリと落とした。
「さらに難度を上げる。このコインもコップに水と一緒に入れてくれ。」
ミナが頷いた。
「さー、集中して。ポットの中にありったけの想いを込めるんだ。」
ミナは目をつぶりポットの水とコインと対話した。そして「いって」と小さな声でつぶやいた。
するとその瞬間、コップに水がたたえられていた。
ミナはそっと目を開けた。そこにはコップから溢れ出しそうなくらい盛り上がった水面が揺れていた。
そして、コップのほぼ中央から出現したコインがユラユラと舞って底を打った。
「やったーーー。ユリス、出来た。本当に出来た。あなたの言った通りやっただけなのに。」
ミナは思わずユリスに抱きついて喜んだ。ミナにとっては何がなんだか分からぬことであった。ユリスがそうしろと言えば、意味も分からず海の水をすべてこのコップに詰めてしまうかもしれない。
ユリスには手が震えるほどの衝撃が走った。ミナから受け取ったポットの水面が小刻みに波打っていた。
この技はそれほどの意味を持っていたからだ。
最初の三問まではファイナルクラスで必須科目にされているほどの問題で、特に難問ではない。つまり害は少ない。
しかし最後の問題、物質の瞬間移動は出来る者がいるとすればたぶん八から十二人。それも幾つもの条件がそろわなければ出来ないほどの難問であった。それを完璧にやってのけた。ミナはユリスの予想を遥かにこえる力を見せ付けた。ユリスと同調して成し得たとしても、これ以上の脅威をユリスは知らない。
「ミナ、この力は諸刃の剣だ。ありとあらゆる災いを呼ぶ。単純な瞬間移動は、自分自身を移動させる。それでも難しい。しかし、今の技は、更に難易度を上げた。属性の違うものをタイムラグ無しで移動させるものだ。早い話、戦えば敵無しさ。」
ユリスの言葉には、怨念がこもっていた。
ミナは背筋が寒くなった。
作品名:ゴッド・モンスター・レクイエム(ミナとユリス) 作家名:高野 裕三