看護師の不思議な体験談 其の十七 『春のホタル』
その後、警察に報告すべきかどうか検討している最中、20代の孫夫婦が駆けつけてくれて、なんとか丸く収まった。もちろん、快くというわけではないが、引き取りがないのならしょうがないという具合に話は進んだ。
退院当日。
「お姉さん、ちょっと、ちょっと。」
珍しく化粧をして、唇を赤くしたKさんに呼び止められた。
パジャマではなく、退院様に小奇麗になっていた。
「Kさん、どうされました?」
「あんなぁ、ホタルの事は内緒にしといてやぁ。」
小声で話し始めたKさん。
「ええ、分かりました。でも、どうしてですか?」
私も、思わず小声で聞き返した。
「息子に一番に教えてやらんといけんから。」
目を細めて、にいっと笑うその笑顔は、今まで見た中で一番の笑顔だった。
「ばあちゃん、こっちこっち。家へ帰るで。」
「はあ、どなたさんですかね。」
Kさんはブツブツ言いながら、お孫さんと一緒にエレベーターに乗り込んだ。
日勤スタッフ総出で、お見送りをした。
(これで良かったんだろうか…。)
作品名:看護師の不思議な体験談 其の十七 『春のホタル』 作家名:柊 恵二