看護師の不思議な体験談 其の十七 『春のホタル』
翌日、私は夜勤勤務のため、夕方18時に出勤した。いつもはギリギリに駆け込むのだが、なんだかKさんがどうなったのか気になって、早めに病棟に到着した。
スタッフに聞く前に、Kさんのネームが昨日のまま変わらず貼ってあるのが目に入った。
(あ、今日も帰れてない…)
結局、長男夫婦とは連絡がとれていない。
「まあ、逃げられたってことだね。」
「はぁ…。」
介護疲れか、金銭面か、理由は分からないけれど、病院に置いていかれたKさん。
誰もが、この長男を責める言葉をグッと飲み込んだ。理由も分からないのに、長男を責めることはできない。けれど…、やり切れない気持ちでいっぱいだった。
消灯の時間。私は電気を消そうと、Kさんの部屋へ行く。Kさんはベッド周りをうろうろ歩いており、眠る気配は全くなさそうだった。
「Kさん。もう寝る時間ですよ。」
K「はあ。うちの息子とコロがおらん。散歩に行ったっきりで、帰ってこんなった。」
「…Kさん。あとは私が探しますんで、もう休みましょう。」
K「うちの長男はな、一番優しい子や。弟二人とコロの世話を、一生懸命してくれる。」
Kさんは、ふとんにもぐりこみながら話を続ける。
K「ワガママなんて言ったことがない。本当にええ子なんよ。顔を見とらんけぇ、心配でしょうがない。」
会話の途中で思わず、目頭が熱くなってしまった。
(やばい、もう駄目だ…)
Kさんにふとんをかけ、あわてて電気を消した。
我慢できず、自然と涙がこぼれた。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の十七 『春のホタル』 作家名:柊 恵二