看護師の不思議な体験談 其の十七 『春のホタル』
約束の日数は、なんだかんだあっという間に過ぎ、退院予定の日となった。
病棟ではホッとしながらも、Kさんの性格や生活リズムを把握し始めたところだったので、個人的には寂しい気持ちもあった。
そんな時にスタッフの声が響く。
「えっ、連絡、まだ取れないんですか!?」
周りにいた2、3人のスタッフがリーダーのもとに寄る。
「朝から長男と、そのお嫁さんにさんざん電話かけてるんだけど。家の固定電話は『使われておりません』だし、携帯電話は全然出る気配がないか、留守電になるのよ。」
「あー、嫌な予感ですね。」
私はそう言い、手を口に当てた。
「一応、主治医には連絡しとく。…携帯の番号変えられたらアウトだね。」
リーダーも、表情が冴えない。
外は暖かな春。窓からは、桜並木が一望できる。
そんな爽やかな季節なのに、病棟は暗い。
「とりあえず、今日の退院は無理。」
長男夫婦は無理と考え、他県にいる次男・三男へも連絡するが、すぐに返事はできないとのこと。そりゃそうだ…。
「だめなら、孫かね。そこまで範囲を広げたくないけど。」
リーダーを中心に皆が頭を悩ませた。
Kさんは運ばれてきた夕食を、ボロボロこぼしながら夢中で食べている。
(なんか、つらいなぁ…)
ガラス越しにKさんと目が合い、つい無意識にニッ笑うと、Kさんも目を細めながら白い手を小さく振ってくれた。
(なんか、うちのおばあちゃんに似てるわ。)
亡くなった祖母を思い出してしまい、Kさんのこれからが心配になった。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の十七 『春のホタル』 作家名:柊 恵二