海竜王 霆雷 顔見せ2
「まったくですよ、父上。あなたが、いつも、大人しくなさっているから、皆が言い募るのです。たまには、びしっとおっしゃればいい。」
威の言葉に追い被せるような発言が聞こえて、深雪は振り返りもせずに、「おかえり。」と、だけ挨拶した。四男が、黒竜王の宮より戻ったのだ。
「しかし、なぜ、気付かないかなあー、あのお方たちは。うちの親父殿が怒ったら、とんでもないっていうのになあ。」
さらに、三男の追い討ちに、さすがに、深雪も振り返る。
「おまえたち、先に威様に挨拶するべきではないのかね? 」
「公けには、そうでしょうが、父上が素になっているから、私たちも素で対応しております。・・・お元気そうで何よりです、父上。それから、威様、お久しぶりでございます。あまり、父を苛めると、今は、とんでもない番竜が噛み付きますので、気をつけてください。」
三男の言葉に、威も大笑いしている。一週間も滞在していると、何度かは乱入されている。これが、またおかしいほどに些細なことで跳んで来る。
「それは、もう、たっぷりと体感したぞ、風雅。」
「それは何よりです。」
「叔卿兄上と季卿兄上は、一緒じゃないのか? 」
「はい、まだ都合がつきませんので、私達だけが一足先に戻ってまいりました。書状のことは了承したと伝えて欲しいとの言付けです。」
今回の顔見せの段取りや、おそらく起こるであろう出来事について詳しく書き綴って届けてある。何があろうと、竜王たちも補佐するということで話は纏まっている。
「珍しく霆雷がおりませんね? 父上。」
いつもなら、暇にしている深雪の傍には、小竜が、ちょこんと居座っているのだが、本日は、留守だ。長男の陸続が相手をしている、と、深雪が告げると、碧海も微笑んだ。どうも、自分たちよりも父に似ている波動の長男に懐いているのは、薄々気付いていたからだ。
「では、私たちも霆雷の顔を見てまいります。」
「ちょうどいいから、おまえたち、あのやんちゃ小僧の体力を削ぎ落としておけ。あんまり力一杯に暴れられたら厄介だ。」
「ははははは・・・確かに。ですが、まだ、小竜の間なら、私達でも抑え込めるでしょうから、父上も無理なさらないでくださいよ。」
戦うことのない水晶宮の主人だが、子供たちには、竜族の力ではない超常力のほうの鍛錬をしてやった。だから、実力の程は、息子たちも知っている。測りきれない力を底に沈めている父に、勝ったと思ったことはない。その父が、自分よりも強くなるだろうと断言している小竜についても、成人すれば敵わないかもしれないと、息子たちも理解している。
「殺さぬ程度でいいんだ。」
騒ぎの相手の首でも捻られたら、厄介だ。まだ力加減が怪しいので、全力になることは避けたいという意味合いを、三男も四男も理解して、出て行った。まだ子供だから、キれた場合が問題だ。見境なく暴れたら、被害が計り知れない。
「おまえみたいだもんな。」
その言葉に、威が大笑いする。幼少の深雪に食って掛かられて、殺されそうになった経験があるからだ。
「幼子に容赦のない暴言を吐くからだ。我ながら、よく殺さなかったな、と、感心する。」
「ま、それなりに喧嘩には慣れていたからな。・・・・霆雷は、喧嘩の加減も知らない。それを教えるのには手を貸してやろう。」
「天帝の子息が喧嘩相手ってか? おまえ、本当に懲りないな? 威。」
「くくくく・・・・二代続けて喧嘩相手をするとは思わなかったさ。」
小さな深雪の遊び相手をしていた威は、その義理の息子ができたことを喜んでいる。これで、深雪は、完全に水晶宮の主人としての役割を達成できるからだ。
渋々といった表情で、文里は奥方と親友夫婦と、久方ぶりに水晶宮にやってきた。次代の主人の顔見せだと招待されたからだ。本来なら、役目は終ったと、儀式に並ぶことは遠慮するものなのだが、美愛から、「私の夫になる方は、見る価値がないと申されるのですか? 」 と、悲しそうに呟かれたら、出てこないわけにはいかなくなった。だが、ぎりぎりに出席することだけは譲らなかった。早く出てくれば、古い重鎮たちや古いお歴々たちと、面倒な挨拶を取り交わさなくてはならないのがわかっていたからだ。
儀式の時間ギリギリで、広間に顔を出し、一番後ろに立った。もし何かあれば、また手助けも必要なのだろうとは思っている。その横に、ちょこまかと、次代の竜王たちがやってきて、叩頭した。
「おまえたちは、一番前だろう。」
「いいえ、ここのほうが、全体を見渡せるので、ここに並ぶように、父が命じました。」
深雪の長男の陸続が小声で、そう告げる。つまり、やはり、何かしらの騒ぎはあるということだ。
「大叔父上、今回は、私たちが対処いたしますので、どうか、うちの末弟を存分に観察してください。」
「かなりすごいですよ、大叔父上。」
「お祖父様、お祖母様も、どうぞ楽しんでください。」
次男、三男、四男も楽しそうに、そう挨拶して、自分たちの横に並ぶ。今回は、高みの見物をしていてよいらしいと、文里は苦笑する。確かに世代は変わった。自分たちは、当事者ではない。だが、それなりの予想もして、気は抜かないままでいることにした。
大きな銅鑼の音がして、静々と竜族の最高位たちが、壇上に立つ。長の青竜王の次に、水晶宮の女主人、その次に、小さな小竜をだっこした主人、そして、次代の水晶宮の女主人、続いて、紅竜王、白竜王、黒竜王が現れる。
「ははあー、これはこれは。」
先代の主人である白那は、くくくくと肩を震わせた。漆黒の小竜は、以前の深雪とはかけ離れた迫力を内包していた。
「ほほほほ・・・さすが、美愛。」
先代の女主人も、くすりと口元に手をやる。深雪には無かった物を、その黒竜は内包している。ふたりが予想していたものではなかったが、それでも、次代に必要なものだ。
ざわざわと場がざわめいたが、長が片手を挙げると、ぴたりと水を打ったように静かになった。全員を見渡すように、長が視線を投げて、それから、声を張り上げた。
「水晶宮の次期主人である美愛公主が、婿を選び、この度、戻ってまいった。ただ、このお方は、まだ小さく竜の領域以外では人型となれぬ故、一族だけにお披露目をする「顔見せ」をすることとした。今後、この方を、主人夫婦が養育し、成人された暁には、正式に、「お披露目」をする。このお方は、敖英(あお・いん)、字を霆雷(てぃえんれい)とおっしゃる。以後、そのつもりでおられよ。」
長の言葉が終ると、主人が、そっと小竜に耳打ちして、顔を上げさせた。周囲を見渡す視線は、力強いもので、ほおうという声が、あちこちで囁かれる。もちろん、その力強さと漆黒の黒竜の能力を感じたものは、感心したのだ。
だが、ふいっと、小竜は、主人の腕から飛び上がり、広間の真ん中にいる人物の真上の空間に移動した。
「おまえ、今、俺の親父みたいに頼りない人間の子供なんて迷惑な話だと思ったな? 俺の親父は頼りなくなんかないぞ。」
作品名:海竜王 霆雷 顔見せ2 作家名:篠義