海竜王 霆雷 顔見せ1
公式に対応しているから、末弟が立ったままで対応するので、紅竜王が、立ち上がって自分の横に座らせる。それから、冷えていてはいけないと、わざわざ、傍付きのものに温かいものまで所望する。いつまでたっても、深雪の兄たちは過保護でしかないらしい。
「そんなに心配していただかなくても、至極健康ですよ、私は。」
「おまえは、いつもそう言うけど信用ならないからね。孤雲が、心配そうにしているところを見ると疲れているのではないか? 」
「ああ、いえ、そうではなくて・・・霆雷が飛び込んできそうなので。」
と、深雪が言った途端に、ひょいと、青竜王の膝の上に霆雷が現れる。もはや、幼少の深雪のような儚さは微塵もない。
「一おじさんと二おじさん、親父を苛めるな。」
いや、誰も苛めてないから・・・と、周囲のものは、内心で突っ込む。
「苛めてはいない。難しい話をしているのだがな、霆雷。子供がしゃしゃり出てくるところではないはずだが? 」
すっかりと、この唐突な乱入に慣れている青竜王は、膝の上の小さな頭を撫でて苦笑する。子供だが、内密な話まで筒抜けるので、いつもいつも、この調子で現れる。深雪は、母親っ子だったが、このやんちゃ小僧は、父親っ子で、何か不穏な空気だと乱暴に飛んでくるのは、いつものことだ。
「霆雷、威と彰の相手をしてくれていたのではないのかい? おふたりは、どうした? 」
「ああ、待ってもらってる。親父が苛められてたら、俺が乱入しないとな。」
「だから、苛めていない。深雪が困っているのは、おまえのことだ。おまえの『顔見せ』やら後見のことで考えている。」
「いえ、伯卿兄上、私が困っているというか悩んでいるのは、後見だけです。『顔見せ』は、好きにさせてもいいだろうと思っています。次代の主人が元気なのは重畳です。暴れたければ暴れればいいし、お歴々に喧嘩をふっかけるというなら、それもまた、よろしいかと。」
自分の時のように、大人しくしている必要はない。霆雷の本質を見極められるものなら、その暴れぶりに微笑むだろうと思っているし、何か問題があれば、自分がどうにでも対処してやれるからだ。本来の姿で『顔見せ』に出せば、まだ開花していないカリスマ性というものの一端も窺えるはずだ。
「コウケンって何? 一おじさん。」
まったく、話を聞いていない霆雷に、相国が、ぽかんと一発拳骨をお見舞いする。それから、青竜王の膝から引き剥がし、大司馬に手渡す。
「小竜、ここは大人の仕事場だと説明したはずだ。おまえは、父親から命じられたことも、満足に遂行できぬ馬鹿者か? 」
そして、さらに小言も食らわして、大司馬に、威たちの許へ戻すように頼んだ。だが、簡単には、小竜は応じない。するりと一瞬消えて、深雪の膝に逆戻りする。
「後見というのはね、霆雷。私やおまえのように、親戚のいないものが、親戚を持つようなものなんだ。その方たちが、おまえを立派な次期様だと背後から支えてくだされば、誰からも文句を言われることがない。まあ、祖父母や親戚のおじさんが出来るようなものだと思えばいい。」
聞かなければ出て行かないので、深雪が、わかりやすいと思われる説明をする。人間界から婿入りすると縁者が誰もいないということになるから、後見は必要になる。その後見の地位が高ければ高いほど、次期としての力量も、それに見合うものとして測られるから、後見の相手は地位が高いほうがいい。ただ、今回は、それだけではない。深雪の時も、それで揉めた。東王父と西王母が正式に後見に立ったことで、とりあえず収まったのだが、白虎の一族も、そのまま後見には名を連ねてしまった。本来は、後見は一人でいいというのに、だ。今回は、さらに朱雀の一族も参加表明している。こうなってくると、一体、何人の後見候補が出てくるのかが不安だ。
「ふーん、別に、親父がいれば、俺はいいけどな。」
「そうもいかないさ。私は、おまえの父親だから、後見は兼ねられない。」
「でもさ、朱雀の胡おじさんは、俺のことじゃなくて、親父のことが好きだから、俺のコウケンっていうのになりたいって思ってたんだぜ。俺のためじゃないぞ。」
「いや、そうなんだけど・・・」
たぶん、後見として名乗りを上げてくるのは、全てが深雪の知り合いである。それも、小さい頃からの知り合いである。下手をすると、玄武からも申し出てくるかもしれない。ある意味、この後見は、深雪の知り合いの多さも問題だったりする。
「それはそうだろう。誰も霆雷のことなど、よく知らないのが実情だ。ただ、深雪の力になりたいと思っている方が申し出てくるはずだ。おまえのためではないよ、霆雷。」
紅竜王がやんわりと、そう説明すると、「親父ってアイドルじゃんっっ。すげぇー。」 と、尊敬の眼差しで深雪を見ている。そういう問題ではないのだが・・・と、紅竜王も苦笑するしかない。
「お断りすれば気分を害される。けれど、後見は本来はお一方だ。だから、少し考えているのだ。」
「くじびきとか? 」
「あー、それができれば楽でいいなあ。おまえは直接的でいいな、霆雷。だが、大人になると、そうもいかないのさ。・・・とりあえず、おまえは、彰たちの相手をしておくれ。」
「ああ、そうだったな。ま、あんまり、考えたら頭痛になるから適当でいいよ、親父。無理すんなよ。じゃあな。」
とりあえず、深雪の言うことしか聞き分けないので、最終的には、深雪が命じると、それに従って戻っていく。やれやれ、と、深雪が溜息を吐いて、「失礼いたしました、兄上。」 と、軽く頭を下げた。兄ふたりも、カラカラと笑っているだけで、気分など害していない。むしろ、自分たちの姿を見ても、物怖じしない小竜に喜ぶばかりだ。
「陸続(りーしぅ)、焔放(いぇんふぁん)、おまえたちも、あれの相手をしてきなさい。おまえたちなら、跳ぶ前に抑えられるだろう。」
深雪の息子たちに、青竜王が命じると、「御意。」 と、頷いて部屋を出て行く。ふたりの息子も、深雪の特別な能力を受け継いでいるから跳ぶことも気配を察知することも可能だ。まだ正式に、竜王の地位にないので、字は、子供の頃のままになっている。正式に、代替わりすると、現青竜王の持つ字「伯卿」と、現紅竜王の持つ字「仲卿」を名乗ることになっている。竜王の名前と字は決められているので、代替わりすると、それらも引き継がれるからだ。
「ふたりとも、今のうちに、霆雷を叩きのめしておきなさい。」
退出しようとしている息子たちに笑いながら、深雪が声をかけた。成人すれば、おそらく、霆雷に持久戦では敵わなくなる。その時に、幼少のトラウマは大事だ。兄たちには勝てないのだと思い込ませておけば、心理戦で勝利できる。しかし、父親の言葉に、ふたりの息子は振り返って、呆れたように、「無茶を言わないでください。美愛に殺されます。」 と、苦笑されてしまった。
「霆雷は、私たちに暴力は奮いませんよ? 父上。それに、あんなに懐いてくれるのに、叩きのめすなんてできるわけがない。」
長男の陸続の言葉に続けて、次男の焔放も続ける。美愛が戻って、しばらくして、家族内の紹介はしたから、ふたりとも霆雷とは初対面ではない。
「今しか勝てないのに? 」
作品名:海竜王 霆雷 顔見せ1 作家名:篠義