神様と居候
「もしもーし」
声と共に、ドアがノックされた。ドアと直線状に位置するベッドの上に寝転んでいた俺は、半身を起こして返事する。
「はいよー。その声は実砂か?」
「えへへ、あたりー。入っていい?」
「ああ、いいぞ」
少し遠慮がちに顔をのぞかせ、俺の顔を確認した途端一気に入ってきたのは、隣人の実砂だ。
「ケイ君は?」
「ああ、あいつなら食料買い出しに行ったぜ」
「そうなんだ」
実砂の返答が、いささか平坦に聞こえた。
「ねえヒロ、その顔だと、あんたクスリやめたの?」
「ん? ああ……つーよりやめさせられたのかな」
おそらく、買い物に行ってるあいつに。
「もったいなーい……。ねえ、またやんない?」
「……は?」
俺はつい呆けた声を出していた。そういう実砂の顔は、見た事がある。あのときの俺みたいに禁断症状とまではいかないが、身体はかなりクスリを欲しがってるときの顔だ。
「ば、馬鹿言え。やめるときひどいことになるって言うだろ? 俺やだもんそんなの」
「じゃあやめなきゃいいんだよ。ずーっとやってれば。だいじょーぶ、クスリは使う量が増えたって言えば、たくさんくれるから」
「ばっ、馬鹿ちょっと待て……でっ!」
慌てて腰を浮かそうとした俺を、実砂はベッドに押し返した。しかも、俺の胸の上にしっかり腰を下ろして。俺は椅子じゃないぞ。
「おいっ……! 何すんだ実砂!」
「怒んないでよー。あたしはヒロにこれあげようと思って来たんだから」
ひらりと俺の顔の上に現れたそれは、見慣れた粉薬。その中身は改良されたヤクで、効用は快楽と苦痛のアリ地獄だ。ずっと奥で待ち構えるのは、爪をはがされた後四肢を切断されて、臓物全てと目玉を、焼けたナイフで抉り出される痛みと同等だが別格の、“自分”に直接攻撃してくる怪物だ。身体の痛みは少しずつだがおさまる。だがこの怪物は、少しの治癒も許してはくれない心の傷と、真の暗闇に一人放り出される最高の孤独感、人間として生きていけなくなるような雰囲気、外観を授けてくれる。
そうだ。俺はそのきれっぱしを味わったんだ。つい、三、四日前に。
「ほーら、今開けたげるからね」
「……っ! やめろ実砂!」
だめだ。実砂のやつ顔がヤバイ。顔のすぐ上で思いっきり開けられたら、嫌でも吸っちまう。あの寒気が、吐き気が、めまいが、汗が、体の奥からわいてくる、もどかしさのようなむずがゆさのような感覚が。あいつらがすぐそこで待っている。こんな恐怖、味わったことない。
目の前の女が、この上なく恐ろしい人間に見えてきた。それでも突き飛ばす勇気が出てこなかったのは、心のどこかで、数少ない友としての認識があったからだろうか。
「あっれー? 開かないなあ……」
切り口からなかなか袋が開かないらしい。でもいつかは開く。どうする……
「ただいま帰りましたー、広直さん。今日の夕食はすき焼きにでもしますか」