神様と居候
「……これって高級マンションってやつだよな」
「そうですか?」
「誰見たってそうだろが!」
高さだけでなく、幅も並みのマンションとは比べ物にならない。それに右側に並ぶドアの間隔が大きいから、部屋も広いんだろう。廊下も広いし。そんなどでかいマンションに住んでる隣の男は、にこにこと笑みを絶やさないままだ。逆に怪しい。
「さあ、着きましたよ。ここが私の部屋です」
そいつが止まったドアは、はじっこにほど近い場所にあった。部屋の番号は五〇三。
「ちょっと待っててくださいね。今鍵を……」
ごそごそとポケットをあさり始めたとき、ちょうど右隣のドアが開いた。そこから顔を覗かせたのは、一人の女だ。そいつの顔を見て、俺は素っ頓狂な声をあげることになった。
「え? あ、お前実砂!?」
「え……? あれえ、もしかしてヒロ? どーしたのこんなとこで」
「おや、お友達で?」
突然始まった会話に、鍵を探していた男は静かに驚きの感情を示した。
「前……クスリやってたやつらと住んでた頃、一緒にいたやつの一人だ。少し親しくなってな……。それにしても実砂、お前こんなとこに住んでたのか」
声を弱めて、俺は男に説明した。相手も、小さく相槌を返してきた。彼女には明るく振舞う。
「うん。お金は出してもらってるの」
「今もやってんのか……? あれ」
「クスリぃ? うん、あたりまえじゃん」
俺のため息は、ドアの開いた音に相殺された。
「なあに? ヒロ、ケイ君のとこに泊まるの?」
「ん? ああ」
部屋に入った主に続いて入ろうとすると、自分はドアの外に出ながら実砂が聞いてきた。
「というより、同棲といいますか?」
ひょっこり顔だけ外に出して、部屋の主がよけいなことを口走った。やっぱり笑顔。
「へー、そうなんだあ。ふふ、結婚おめでとー」
「待て! なんでそうなる!」
「お祝いありがとうございます、本鹿さん」
「お前ものるな!」
俺のつっこみに含み笑いしながら、じゃあねと一言残し、実砂は廊下を歩いていった。多分、買い物か何かに行くんだろう。
「さ、どうぞ入ってください」
実砂がエレベーターに乗るまで見送っていた俺を、ブレスレットをじゃらじゃらつけた男が促した。
「あ、ああ……。おじゃましまーすと」
少し重たそうなドアを閉め、広い玄関にしばし唖然。とりあえず靴を脱いで上がり、廊下と直結したリビング兼ダイニングルームの広さに、かなり唖然。目の前に横たわるベッドは大きくはあるが、質素な雰囲気だ。その左手には、二人用の木製テーブル。といってもでかい。
「やっぱ広っ……」
「そうですか? まあ、まずその服どうにかしないといけませんね。私のでよければ、服はお貸ししますけど」
「へ? いいのか? 俺なんかに」
「何をおっしゃいます。人類皆平等ですよ? さ、シャワーでも浴びてきてください。その間に服持ってきておきます。あと、軽く何か食べましょう。さっきコーヒーだけでしたからね」
「またどっかに行くのか?」
風呂に案内されながら、俺は問いかけた。別に外に出るのがいやだったわけじゃないが。
「いいえ、私が作ります」
「……飯を?」
「ええ。……ご不満ですか?」
顔をしかめた俺を見て、少し悲しそうに返事を返してきた。
「いや、作れんのかなーと思って……」
「一人暮らしですからね、これでも。ご飯には自信がありますから、安心してください」
脱衣所に入ろうとしていた俺の肩をぽんと軽く押し、そいつは言った。
「ん、じゃあ安心しとくわ……」
頭上のミニシャンデリアのような電灯がついたのを見ながら、俺は答えた。
「そうだ、あなたのことはなんと呼べばいいですか? 本鹿さんみたいにヒロ?」
「なんで会って半日も経ってないヤツに、そんな馴れ馴れしく呼ばれなきゃいけないんだよ……」
いつまでも明るい口調の相手に、がっくりと肩を落としながら、俺は呟いた。
「ですよねえ。じゃあ広直さんでいいですか?」
「あーはいはい、いいですよ」
なんでこんな会話しなくちゃいけないんだ。
「私のことは慶喜でいいですよ」
「あれ、お前それ仮の名前とか言ってなかったか?」
「ええ。まああっちが本名といえば本名ですが……。あ、もしかして、教えたらそっちで呼んでくれたりします? そしたらしっくりくるから、嬉しいんですけど」
「…………」
終始笑顔のこいつには、付き合ってられない。