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マクリールの結婚

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「まったく、冗談の通じないやつだなぁ。まぁ待て。今、沖でニオベの叔父上が船団を指揮していらっしゃるのだ。今日は砲訓練もあると言ってたから、すごく楽しみにしてた。せめてそれだけでも見学させてくれ」
「だぁっ!!あのなぁ、いい加減にしないと本気でシバくぞ、このボケ姫ッ!!!」
「ボケ姫上等だ。物の道理もわからぬバカよりはマシであろうよ」
 あっはっはっは、と樹上から高笑いを響かせる主と、地上で頭を抱えながらその場にしゃがみこんでしまった兄とを見比べて、アディとレヴィは顔を見合わせた。
 それから傍らに立つルーグを見上げると、喧嘩の種にされていた貴族の若様はにこにこと顎を撫でながら、「それで?」とやはり面白そうに二人を見下ろす。
「今のは結局どっちが勝ったんだい?」
「……誰がどう見てもハル様の方ではないかと……」
「兄様も私たちも、口でハルさまに勝ったことなんか、一回もありませんから――……あの、どうか今のは本当に聞かなかったことに」
 こんなことが領主様にバレたらクビではすまぬと、哀願の眼差しでルーグを見上げたアディとレヴィに軽く頷いて、ルーグは再び樹上に視線を投げた。
「勿論だとも。しかし随分と口の立つ姫様だねぇ。いやぁ、面白い」
「面白がっている場合ではありませんよ、まったく……御館様にこの事態をなんと申し開きすればよいのか」
 木漏れ日に眩しそうに目を細めながら、酷くのほほんと呟くルーグに、グラシャルはじっとりとした視線を向ける。
 そうしてがっくり肩を落として、本格的に地面に座り込んでしまった兄に妹たちが駆け寄り、頭を撫でたり肩を叩いたりして慰めていると、やはり高笑いを響かせながら事の成り行きを見守っていた樹上の姫はふとその笑いを収めて、遠い視線を海の方向に投げた。
 暫く目を細めて水平線のあたりを見渡してから、地上の家臣を無造作に呼ぶ。
「グラシャル」
「はいはい、なんでしょーか我が君!?」
 自棄ッぱち気味にグラシャルが返事を返すと、樹上の姫はいつになく真面目な声で「冗談は仕舞いだ」と続けた。
「真面目に聞け。父上には申し開きより、じきに嵐になるとご忠告申し上げた方が良いぞ。叔父上の船団も引き上げさせろとな。港の船をきちんと繋ぐよう、触れも出したが良いだろう。季節外れの嵐は激しくなることが多いから」
「は?嵐?」
「こんなにいい天気なのに?」
 言われて、兄妹は空を見上げた。
 朝から雲ひとつない晴天に恵まれていた今日は、昼近くなった今でもその相好を崩すことはなく、相変わらずの透明な青さが空を一面染め上げている。
「何処にも雲なんて見当たらない、わよねぇ?」
「だよね……ハル、じゃないハル様ー!なん……むが!?」
「はい、少し僕に譲っておくれね……で、何故じき嵐になると?」
 そして、この空の何処にそんな嵐を示す兆候があるのか、と瞬きをして、何故を問いかけようとしたアディの口を後ろから塞いで代わりに問いかけたのは、今の今まで一歩下がった場所で成り行きを酷く面白そうに眺めていたルーグだった。
 思いも寄らぬ相手から質問が飛んだと見れば、樹上の少女は一瞬目を見開いた後で、にや、と不敵な微笑みを口元に浮かべる。
「風向きが変わった。陸から海に湿った風が吹いている。こういう風は沖から雲を呼ぶんだ。沖から来る雲は大抵雨雲だから、嵐になる」
「ただの雨雲と言う可能性はないのかな?嵐になるほど大きな雨が降る保障は何処から?」
「其処からでは見えぬ。見たいのなら登ってくるといいよ。そうしたら説明してやろう」
 からかうように言われて、ルーグは少女がいる木に視線を置いた。
 首をかしげながらすいと近寄り、手を伸ばして上の、一番最初の手がかりとなるだろう枝に少し体重をかけてみれば、樹木に特有の柔らかい枝は、しなりと弓なりになる。
「――……登れない、こともなさそうだが……止めておいた方が無難かな。僕の体重を支えるには、枝がどうも弱いようだ」
「なんだ、木登りもできないのか?男のくせに」
「ハルッ!!」
 さすがに木から転落死は格好悪い、と溜息をついたルーグに樹上から軽やかな高笑いが響き、それを受けた家臣が地上で主を叱り付けたが、効果などあるはずがない。
 再び顔を真っ赤にして怒鳴ったグラシャルを片手で制して、ルーグは特に気を悪くした様子もなく、屈託ない微笑みを顔に浮かべながら、頭上の少女をまっすぐに見上げた。
「なるほど。姫の男の基準は手厳しい。……では許されるなら姫、哀れな男の成り損ないに、名誉を挽回する機会を与えてはくださいませんか」
 不意に言葉遣いをするりと丁寧な物に変えてルーグが問いかければ、少女はくつりと喉を鳴らして視線を地上の男に向けた。
 紫紺の瞳を煌かせながら、少々意地悪に視線を細めて薄く笑う。
「ほほう?どうやって挽回すると言うのだ?男の意地を見せるために、剣でその喉を突いてみせてくれるとでも言うのなら受けてやらんでもないぞ、真冬の月」
「これは――……よくその名をご存知で」
「知らいでか」
 ハハン、と未来の伴侶になるかも知れぬという男の言葉を、酷くあっさり鼻であしらった花嫁候補は、木の幹に肘をついて男を見下ろしながら言葉を続けた。
「ソラリス島の双剣は対にあり、曰くめくるめく炎と光矢を統べる兄は真夏の陽、煌く風と氷塵を司る弟は真冬の月の如し、とな。ソラリス島の一族が今の世に誇る切れ者兄弟の噂を聞いたことがない輩など、この領地にはおるまいよ……で?その双剣の片割れが血に染むるなど、さぞや見ものであろうな?」
 くつくつと喉に微笑みを篭らせながら紡がれた少女の台詞に、ルーグは短く声を上げて笑んだ。
 参った、とばかりに首筋をかきあげつつ上目遣いに相手を見やれば、樹上の少女はやはり酷く面白そうに、けれど挑みかかるがごとく剣呑な光を目に湛えて、じぃっと男を見下ろしている。
「なるほど。姫は他愛もない噂話にも長けていらっしゃるようだ。……ですが、今はそんな演目がお望みではありますまい?」
「無論だ。そなたが喉を突いたところで、私には何の得もないからな。……さて、冗談はここまでだ。それで何をどうやって、そなたは男の名誉挽回を図ると?剣か魔法の腕を見せるというのならお断りだぞ。庭が荒れる」
「生憎、剣魔法の腕に置いては故郷の兄にも敵いません。私の得手は書物を読み解くことぐらいなもので……故、今は姫の興味をそそるだろうと思われる話を一つ、させていただこうかと」
 しれりと返されて、樹上の姫は軽く瞬きをし、それから鮮やかに笑った。
 それは面白い、と木の上から声を投げ、危ないからやめろと必死に止める側近の注意も無視して、身を乗り出すように下を覗く。
「どんな内容の話をする。つまらぬ話ならお断りだぞ」
 話の内容を問われて、地上の青年は軽く首をかしげて微笑んだ。
「貴方が今、そこからご覧になられている景色について。恐らく姫は水平線の雲が今、風が吹いている方向とは逆に、陸のほうにどんどん向かって来ているのをご覧になられているのではありませんか」
 微笑んだが、その目に浮かぶのは一種挑戦的ともいえる光だ。
作品名:マクリールの結婚 作家名:ミカナギ