小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

マクリールの結婚

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

「面白いもの……?なんだ。アディにレヴィ、お前たちまでいたのかって、ルーグさま、もしやこの者たちがなにか失礼を?」
 庭の奥、館の裏口のある方角から走って来る。グラシャルと、ルーグにそう呼ばれた短い黒髪の少年は、跪く少女たちの実の兄であり、領主の姫の側仕えを纏める責任者であった。佇むルーグと、立ちなさいとルーグに促されておずおず立ち上がる少女たちの姿を認めると、きょとりとした顔で足を止める。
 血を分けた妹たちとはいえ、目上の人間に無礼を働いたのなら許すわけには行かぬと、そのまま怪訝に少年から聞かれて、ルーグはにこりと穏やかに微笑んだ。
「いやいや、失礼なことなんて何も。双子なんて珍しいから、楽しませてもらったとも。僕が面白いと言ったのは、上の方のことさ」
「上?……って、ハル様ッ!?」
 ルーグが微笑みながら指差した樹上を、少年……グラシャルが見上げたのとほぼ同時に、樹上の少女はいかにも面白くない、と言う顔でそっぽを向いた。
 天辺近くの細い枝、不機嫌にぶらぶら足を揺らしながら、酷く危なっかしい格好で腰掛けている己の主たる少女の姿に気付けば、少年の顔が一気に驚愕の色に染まる。
「な、なんでハル様があんな所に……アディ!レヴィ!!どういうことだこれは!!こうなる前に見つけろと、あれほど言っただろうッ!」
「あ、兄上っ!ごめんなさいっ!そ、その、ちょっと目を離した隙に……」
「ええい、謝る暇があったら、さっさとお嬢様を木の上からお連れしろ!ったく……ハル様!!そのような危ない遊びはご遠慮くださいと以前から厳しく言わせていただいているはずですが、何故またそのようなことを……ハル様!ハル様ッ!?」
 びしっと一つ、妹たちをきつく叱っておいてから、グラシャルは木を振り仰いで、上の主に声をかけた。
 樹上でそっぽを向いたままの少女は、己に一番近く仕える家臣の言を、軽く耳を塞いで無視している。
 ツンと海を見たきり、此方を見下ろそうともしない姫の姿に、少年の拳にも力が篭るのを見れば、ルーグも笑った。
「どうも聞いてないようだねぇ、彼女」
「……ええ、そのようで」
「もうちょっと強く言ってみたらどうだい?」
「そうします……あの、申し訳ありませんが、ルーグさま」
「なんだい?」
「今から私の職務上、致し方なく主に対して使うべきではない下品な言葉を口にしますが、どうか聞かなかったことにしては下さいませんか」
 怒りにか、それとも別の感情にか。
 わなわなと震える少年の声に、ルーグは笑い声を低く喉に含ませた。
「何か言ったかい?すまないが、突然耳が悪くなったようでね」
「……感謝いたします」
 目上の人間の暗黙の了解を得た少年は、先ほどよりもきつくきりっと樹上を睨んだ。
 すう、と息を吸い込むが早いか、肺の中の空気をあるだけ搾り出したかのような少年の大声が、シンとしていた広大な庭全体に響き渡る。

「ハーーールッ!!このバカ、居ないと思ったらこんな所でなにしてるんだ!!今日は大事な客が来るから、くれぐれも問題など起こさずに大人しくしていろと、そう言っただろうッ!!」

 家臣が主を呼び捨てにし、あまつさえ罵倒すると言う蛮行にしか取れない行動は、しかしこの館の、領主の長姫とそれに仕える側近の間ではよく見られる光景であった。
 敬語は言葉裏を疑いたくなるから嫌だ、本当に信頼できるものしか側に置きたくないと言う。貴族に生まれた少女の、それは一種の防衛線だったのだろう。まだ齢十を数えたばかりの少女は、それを自分の一番側に仕えるもの……つまりは己の乳兄弟である側近の三兄妹に、徹底して守らせた。
 しかし、それが通じるのは領内の、しかもこの館に置いてだけである。普通の貴族の目の前で、家臣が主に対してこんな口の利き方をすれば、その場で手打ちにされても文句など言えない。
 なので、キィン、と響き渡る兄の本気の大声に耳を塞いだアディとレヴィが、兄の普段すぎる言葉遣いに二人揃って本当に大丈夫かとルーグを見上げると、当のルーグは目の前の少年が発した言葉に少々面食らった顔をしつつも、好奇心の方がそれに勝ったようで、次の瞬間にはやはりにっこりと面白そうな笑顔を浮かべながら、地上と樹上で交わされるやり取りを眺めている。
 何て言うか、己らの主も変わり者だけれど。
 アディとレヴィは、声もなくお互いに顔を見合わせた。
 家臣の主に対するあるまじき行動に怒るでも不快感を顕にするでもなく、楽しそうにこんな有り得ない光景を平然と眺めるなど、この若様も相当の変わり者である。
「ようやく元の言葉遣いに戻ったな。しかしお前、さっきの言い草は何だ。気持ちが悪くて返事をする気にもなれなかったじゃないか」
 怒鳴りつけられた主は、やっと視線を地上の家臣へ向けた。
 にやにや笑いつつ、子供にあるまじき態度で飄々と言葉を投げる主を、グラシャルは下から気迫のこもった三白眼で見上げる。
「普通の家臣は、主に対してああいう言葉遣いをするものだ!人前ではちゃんとした言葉遣いをすると、こないだ約束したばかりだろう!!その約束は嘘だったのか!?」
「我が母なるアトレア神にかけて本当だとも。人前ではきちんとするよ。お前の大好きな「敬語」ってやつも使ってやるさ」
「なにが「きちんとするよ」だ!!今、まったく使えてないじゃないか!!」
 ぎゃあと喚いた家臣を、主はきょとんとした目で見下ろした。
「……だって、「人前」で使えば良いのだろう?」
「今が人前じゃなくて、いつが人前だと言うのだお前は!ったく、いいからこれ以上阿呆を露呈する前に、さっさと降りて来い!」
「阿呆はお前だ。まったく、どこまでもばかなやつだな」
「なっ……なにがばかだと言うんだ!!」
「ばかだろうが。いいか、よく聞けよ。そこなルーグ卿は私の夫か、さもなくば義弟になるのだろう?」
「あぁ?……ま、まぁ、そうだが」
 なんとも軽やかにバカにされて目をむいたグラシャルに、呆れたような視線を向けて、それから領主の姫は顎で貴族の若様をさし示した。
 顎でさされた本人は軽く肩をすくめただけで、「顎でさされるなんて初めてだよ」などと隣にいるレヴィに耳打ちしたりするのだが、そんなことをされたレヴィは申し訳ないやらなにやらで身がすくむ思いだ。もっとも、そんなことにはまるで構う様子もなく、兄と主の会話は続くのだが。
「それが解っていて、何故そのさきが解らぬのだ、このばかめ。私が大人しい姫の振りをすれば、それはルーグ卿を騙していることに他ならぬだろうが。何れ『家族』になる人を、今から偽ってなんとする。出会いからそんなでは、父上が言ったような「幸せな家庭」など築けぬは必定だろうよ。だから、彼の人は「人前」には含まぬのだ。解ったか」
「ぐ、ぐちぐちぐちぐちと屁理屈をぉおおッ……ああもう良い!!説教は後だ!!いいからさっさと降りろ!今日は!お前の!見合いの日なんだぞッ!!?」
「そこを解ってるのかお前は!」と、髪をかきむしって怒鳴るグラシャルを、子供らしからぬ屁理屈をこねて見事にへこませた樹上の主は、くつくつ喉で微笑みながら楽しそうに見下ろした。
作品名:マクリールの結婚 作家名:ミカナギ