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小鳥と少女

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 ぴちちちち、と澄んだ鳴き声に、いつの間にか寝てしまっていたらしい白鷺はぱちりと瞼を上げた。
「小鳥さん」
「白鷺嬢、何してるんですか。風邪引きますよ」
「風邪って何ですか?」
「人がよくかかる軽い病です」
 ふぅん。
 でも、と白鷺は思う。白鷺の身体は一応魔女だから、かからないのではなかろうか。よく解らないけれど。
「ところで小鳥さん。その嬢っていうの、やめてくれませんか」
「おや、嫌ですか?」
「何だかむずむずします」
「そうですか。はー、ほぅほぅ。仕方ないですねぇ。それでは白鷺、と?」
 白鷺はがくんと頷いた。ごき、と首が鳴った。凝っているのかもしれない。
「なら白鷺、貴女は丁寧な言葉を使わないで下さい」
「ええ?」
「私は自分が使うのはいいのですが、使われるのは苦手なのですよ」
 ……よく解らない小鳥だ。
「解っ……た」
「ぎこちないですね」
「仕方ないと思う」
「何か魔女パワー的なものでどうにか」
「そんなのないから」
 そうですか、と小鳥はしょんぼりした。
「小鳥さんは、どうして死にかけでこの塔にきたの」
「ここにきたのは偶然ですが、死にかけていたのは、たまたま烏に襲われて梟に襲われて燕に襲われたからです」
「……襲われ過ぎじゃない?」
「いやぁ、最高に運勢が悪かったらしいのです」
 鳥のくせに運勢とか気にするのか。
「何で揃って同族なの」
「むむ。同族ではありませんよ! 私は百千鳥ですから」
「でも、同じ鳥……」
「ですから同じではないのです! 人にもそれぞれ人種があるように! 魔女と人が見た目は似ていても本当は違うもののように!」
「あー……」
 なるほど…………?
 今一釈然としない白鷺だった。
 ふと窓の方を見ると厚い雲が低く垂れ込めていた。雨が、降りそうだ。
「小鳥さん、森にはそんなに鳥がいるんだね」
「そうですよ?」
「私、声を聞いたことすらないよ」
「ああ、それはそうでしょう」
 当然のように、小鳥。
 白鷺は翠玉の瞳を僅かに明るくして、首を傾ける。
「どうして」
「ここが魔女の村だからです」
 きっぱりと小鳥は言った。
「……?」
 解らない、というように白鷺は続きを促す。小鳥はふくっと羽を逆立てた。
「森に棲む多くの生物は魔女を怖れています。獅子ですら、ね。ですから、鳥は決してあの森で鳴き声を上げません。何故なら気付かれたくないからです。自分たちの存在を」
「……どうして」
「魔女は鳥を奪います。鳥の、あらゆるものを。人よりずっと酷く」
 否定は出来なかった。
 白鷺も、奪ったから。
 小鳥の命を。
 そもそもの運命を。
 勝手に。
 繋ぎ変えて。
 変容させた。
「……うん、そうだね」
 そうだね。
 魔女は、いつでも酷い。
 小心者なのに、酷く、誰かを奪う。誰かの、何かを。
「だから、鳥は鳴きません。あの森では。万が一でも見つかってしまったら最悪ですからね」
「……うん。……うん? あれ、でも」
 虫はいつでも鳴いている気がするのだが。
 今もきぃきぃと高く鳴いている。蜘蛛はたまに窓の中まで入ってくる。
「ああ、虫は見つかり難いのですよ」
 これまたあっさりと、小鳥は答えた。
「小さい虫に限りますが、彼らはとても見つかり難いですからね。探しにこられてもさっさと隠れてしまえばへっちゃらのようですし。良いご身分です」
 ちょっと羨ましそうだった。
 とまれ。
「そう、なんだ」
 小さいから、鳴けるんだ。
 微妙な感慨が押し寄せてくる。そうかぁ、鳥は隠れられないから鳴かないのかぁ。なんて空しい事実。全部魔女のせいか!
「魔女って、本当に嫌だね」
「まぁ、好かれることは少ないでしょうねぇ」
 小鳥は意外と容赦ない。
 呆れて小鳥に半眼を送り、両足を放り出す。じゃらん、と足枷の鎖が引き摺られた。
「……白鷺? その枷は何ですか」
 何処か硬い声。
 珍しく驚いているらしいが、何に驚いているのか分からない。
「見た通りただの足枷」
「何故?」
『何故』?
「何が?」
 ゆらゆらと足首を動かして鎖を鳴らす。小鳥は困ったような顔をした。
「何故、足枷などつけているのですか」
「つけているんじゃなくて、つけられたの。村の、みんなに」
「いつからです?」
「生まれたときだよ」
 何でもないことのように彼女は答えた。ふっと室内が暗さを増す。雨雲が近付いてきたようだった。
「生まれたときから? 何故です。『再生』の力のせいですか? ですが、そんなに直ぐ解るものなのですか」
「と、いうか。生まれたばっかりの時に、馬屋の仔馬が死んで。で、その死体を他の魔女がたまたま運び込んだら、私が蘇らせちゃったんだよね」
 無意識でやったことなので、あまり実感がないのだが。
 今は制御出来るよう、呪文を使うようにしているが、うっかりすると何でも直ぐ、ばかばかと『再生』させてしまう。
「……仔馬は、生き返ったのですね」
「うん。酷いことを、してしまった」
「酷い?」
「そう。だって、おかしいでしょう。輪廻から外れるようなことだから」
 小鳥がむぅと眉のような毛を寄せる。
「私も蘇ったのですが……」
「う、うん、ごめん。でも、あれは私が殺したような、ものだから。だから、私の利己的過ぎるもので。だから、えぇと……」
 駄目だ、混乱してきた。
「はいはい解りました。私は感謝しているので気にしていませんよ。きっとその仔馬もでしょう」
「そう、かなぁ」
 それはなさそうだけど。
「周囲に対する罪悪感はあるかもしれませんが」
「ざいあくかん?」
「自分だけ二度目の生を謳歌していますからね」
 からりと小鳥は笑った。
 相変わらず、小鳥は不思議な言い回しをする。白鷺にはよく解らない言葉ばかりで、いつの間にか会話は終了する。悪い気分にはならないけれど、微妙に不完全燃焼な感がある。
 白鷺は説明を求めようとして、は、と空気の匂いを嗅いだ。
「小鳥さん、そろそろ雨が降る」
「ほぅ?」
「だから、帰った方がいいかも」
 匂いに目を細めながら言うと。
 小鳥はぶわりと翼を広げた。
「ではご忠告通り今日は帰りますね。また明日」
 とんっ、と塔の外壁を蹴って。
 小鳥はまたも呆気なく飛び去った。
 白鷺はやっぱりぽかんとそれを眺めて。
「また、明日……」
 釈然としない気分で呟いた。


 小鳥とのよく解らない日々はそんな感じでのんびりと過ぎていった。
 朝には魔女に責められ、ぼんやりしている頃に小鳥がきて。
 今一不完全燃焼な会話を交わして。
 ぼんやりと小鳥の声を聞いて。
 外の話や、太陽が落ちる方向を教えてもらって。
 ぼんやりと、のんびりと、淡々と。
 退屈ではない一日が過ぎていく。

作品名:小鳥と少女 作家名:祭 歌