小鳥と少女
朝日が昇りつつあるものの、白鷺はまだ鉄の鳥籠の隅で踞りながらぐったりと眠っていた。
冷たい石の感触。
息の詰まるような静寂。
白鷺は寝息ひとつ立てていない。
朝ぼらけの、ぼんやりとした白っぽい明るさが小さな窓の硝子一枚を抜けて室内にじんわりと広がっている。
そんな中、不意に白鷺の肩が跳ね上がった。
その途端騒々しい足音が、がんがんと響き渡り、地面を揺らしながら鳥籠に近付いてくる。からんからんとカンテラと鍵が連なった輪が打つかり合う音がする。随分乱暴に振り回しているらしい、かん、かん、と所々で打つかり跳ねる音まで響いてきた。
「白鷺! 起きているかね?!」
嗄れた耳に障る声が白鷺の名を呼んだ。白鷺はそれが自分の名前だと分かるまでに数秒を要した。……また忘れていた。
「ああ、ああ、ぼうっとしてるんじゃないよ! まったく本当に気持ちの悪い子だね!」
だったら来なければいいのに。白鷺は虚ろに入ってきた老婆を見やった。縮れた黒い髪に、真っ黒のとんがり帽子とローブ。てっこてこの魔女の姿。
魔女は輪に連なった鍵の、一際大きいので鳥籠の錠を開けた。がちゃん、と乱雑な音が鳴る。
「ふん、相変わらず白いね。ああおぞましい。あの女もとんでもないもんを生んだもんだ」
そのくせに殺しはしない。馬鹿な魔女たち。殺して何か悪い因果が廻ってくることを怖れいる。馬鹿で、愚かで、小心者の小悪党。
それは逃げない自分も同じだけれど。
「何処みてるんだい!」
「! いっつ……っ」
ぐん、と長い白髪を一掴みに引っ張られる。弾みで体勢が崩れ、尻餅をついてしまった。じゃらりと鎖が騒ぐ。ごん、と腰を打った。痛い。
「まったく何処もかしこも真っ白い! ああ嫌な魔法の匂いがする! 命を蘇らすなんて、本当に気持ち悪いったらないね!」
ばん! と頬を叩かれ、腹を蹴られる。蔑みの目。ヘンなの、と白鷺は思った。この魔女は、いつも魔法を使わずに白鷺を嬲る。魔女のくせに。魔法に何より誇りと自信を持っているくせに。「っげは!」口から血が出た。点々と地に滴る。うえ。我が血ながら見て気持ちのいいものではない。
「ああ手が汚れた。どうしてくれるんだね、え?」
知らないよ、と胸中で呟く。
痛みで頭ががんがんする。どうやら頭も打ったようだった。
「ああ、そろそろ鏡を磨きにいかなければね。いいかい、禁忌の。お前は永遠に世界の弾きもんなんだ。誰にも受け入れてなんか貰えない。厄介者。だが、殺すことも出来ないからね。せめて自然に死ぬまでここであたしらに迷惑をかけんだよ。ああ忌々しい」
「……」
ごぽ、と血が溢れ出る。
解ってるよ。
だから大人しくしているんじゃないか。
そう思う間にも傷はみるみる治っていく。痛みに朦朧としながら、けれどその痛みも直ぐ引いていく。
「治すんじゃないよ!」
勝手に治るんだ。仕方ないじゃないか。
再び打たれて眉を顰める。そんなこと言われても困る。
白鷺の身体は、どうなっているのか、傷がついても直ぐ治る。ちゃちな自己防衛本能といったものだろうか。望みも考えもしないうちにさっさと治ってしまうのだ。
そんなに気に食わないなら、何で来るんだろう、本当に。
「いいかい、昼までじっとしてるんだよ!」
この『じっと』は多分、呼吸もするなと言いたいのだろう。無理に決まっているのに。
がちゃん、と錠前が閉められる。
白鷺はぱたりと地面に倒れ伏した。
朝から疲れる。
白鷺には分からない。これが、おかしなことなんて。
だって、白鷺は『禁忌』なのだ。
生まれてきては、いけなかった。
だって。
だって、みんな、そう言うから。