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小鳥と少女

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 魔女たちが忌避する白鷺の禁忌の力とは、『再生』の魔法だ。
 それは、最も自然の摂理に逆らう異端の術。
 決してあってはならない魔法。
 偽善的かつ非人道的な、卑しき白の魔法。
 時間を止め、致命的な傷すらさらりと治す魔女たちが、唯一怖れ蔑視する、魔法。
 命を左右して良いのは創造主と自然のみ。それが魔女の理屈なのだ。
 だから。
 『再生』の魔法を使い、『再生』以外の魔法を扱えない白鷺は、魔女の村の厄介者だった。
 それこそ、人にとっての悪魔のように。


 ふぅ、と小鳥は小さく息を吐いて疲れたように窓の桟に腰を下ろした。
「……?」
 白鷺はちょっと違和感を覚えた。むくりと起き上がり、ぱたぱたと緩慢に翼を動かす小鳥に目を向ける。
「いやぁ、吃驚した、吃驚した」
「…………」
 今度こそ白鷺は固まった。
 小鳥って、喋るんだっけ。
 そんな話は聞いたことがないが。いや、白鷺が知らなかっただけかもしれない。普段の森は鳥一羽、鳴くどころか居もしないのだから。
「……えぇと、不調は、ないですか」
 ぽそぽそと、か細い声で話しかける。小鳥はくるん、と瞳を回して、大きく頷き、
「ええ、ばっちりですよ! 貴女が助けて下さったんですねぇ。ありがとうございます」
 にっこりと笑った。
 鳥の表情が解るものだとは思わなかった。白鷺は曖昧に頷きかけ、はっとする。
「い、いえいえ。助けた、とは違うと思いますよ」
「おや、どうしてですか?」
「だって私はあなたを見殺しにしたのですから」
 はた、と翼が止まる。
 鳥特有の目が渦巻きながら見張られた。
「ですが、生きていますよ?」
「ええ、蘇生しましたから。けれど、つまり、私は怯えて見殺しにしてから命を巻き戻したんですよ」
「蘇生……、なんて出来る魔女がいたんですねぇ。ですがやはり助けていただいたことには相違ないと思いますが?」
「けれどもっと早く助けることも出来たのに、私は何もしなかったんですよ。もっと早く動いていれば貴方は一度も死なずに済んだし、苦しみももう少し短く済んだ筈です。それに、もし私が再生の魔法が使えなくば、貴方はただ事切れていました。それは、私が殺したと同義だと思うのです」
「それはまぁそうかもしれませんが」
「でしょう? だから、ごめんなさい」
 白鷺は深く頭を下げた。そうしながら、再び、自己嫌悪と罪悪感の念に襲われる。なんてことだ。自分も充分『魔女』だ。あの、疲れるひとたちと一緒。
 頭を上げない白鷺に、小鳥の困惑気な声が降ってきた。
「そう言われましてもねぇ……あんまり覚えがありませんからなぁ。それに、お嬢さん、頭を上げて」
「はい?」
 僅かに上向き、小鳥を仰ぐ。
「経緯がどうだとしても、貴女のおかげで命拾いしたのは事実ですよ。それに、例え死んでいたとしても、やはり貴女が殺した訳ではありません。それは、近く、遠い言葉です。ですから」
 こくり、と緑の綺麗な毛に覆われた頭が傾ぐ。
「ありがとうございます。貴女の魔法に感謝します」
 白鷺は零れ落ちそうなほど目を剥いた。
 つぅ、と何か悪くないものが胸に落ち、腹に溶けた。
「ところでお嬢さん」
「はい?」
「ここは魔女の村の一番高い塔の、その一番上ではありませんか?」
 白鷺は首を傾げながら、そうですよ、と頷く。
「それがどうかしたんですか?」
「確かそこは、魔女の中の最重罪人が入れられる部屋だったかと思いますが……」
 ああ。白鷺は納得したように顎を逸らした。笑んで肯定する。
「私はこの村一番の厄介者ですから」
「失礼を承知でお聞きしますが、どんな罪を? あがないきれないほどの罪を、犯したようには観えませんが」
「いいえ、決してあがないきれないんですよ。何せ、」
 区切り、睫毛を揺らし、薄い笑みを浮かべる。そう、村一番の厄介者。
「魔女の村と魔女の腹から生まれながら、魔女になれなかった、異端の魔女ですから」
 

 魔女は悪だ。
 自然を敬いながら自然に逆い、けれど一線は越えない。小悪党とも言える。
 性質的に他を害することや、悪戯を好むし、先に述べたように自然に反発するが、その根源、あってはならないことは犯さない。
 例えるならば盗みは働いても人は殺さないといったところだろうか。
 そして彼らは、己を悪とは思わない。
 故に『再生』は忌まれる。禁忌である以上に、ただ、その効果を嫌悪される。
 あってはならないことだからだ。
 一部の例外を除き、全ての生物に等しく降りかかるものを、簡単に動かすからだ。
 傍目には美しいことのように見えても、それは死人繰りに似た、否、それより利己的な術だからだ。
 白鷺は、そういう言葉の嵐を、一々覚えてしまうほど聞かされてきた。激しく罵倒する嗄れた声を。
「だから、この魔法は、魔女にとっては悪なんです」
「……はぁ、良くはないのかもしれませんが、ねぇ。……私は今一納得出来ませんよ」
「出来ない方が良いですよ。貴方は魔女とは違うんですから」
 理解し納得出来てしまう自分も、完全には魔女となれなかったけれど。
 小鳥はぷくり、と体毛を膨らませた。余計丸いシルエットを作る。黒い鉄柱をしげしげと見やってから、小鳥は、ふむ、小首を回した。
「では、あまり突っ込まない方が良いのですね」
「ええ、感化されてはいけません。もう、私の魔法は受けてはいけませんよ」
「ふむ、ところでお嬢さん。お名前は?」
 白鷺は白髪をふるりと渦巻かせて、
「は?」
 目をしばたたいた。
 窓の向こうで森がざわめく。相変わらず鳥の声は聞こえないけれど、代わりに虫がぽげらぽげらと鳴いていた。そろそろ陽も暮れるのだろう。そういえば陽はどこに向かって落ちているのだろうか。月はどうして昇らない日があるのか。白鷺は知らないことばかりだ。魔女たちは、決してそういうことを教えてはくれない。捨てられた本にも載ってはいない。書く必要がないくらい当たり前のことなのかもしれない。分からない。
「名前ですか?」
「はい」 
 にこりと小鳥の黒い瞳が細められる。
 白鷺は暫く口を間抜けに開けて、何かを探すように眉を寄せた。
「しら、さぎ、です」
 ぽつり、と零すように言う。
 そう、だ。
 私の名前は。
 魔女にあるまじき純白の。
 古い物語の中で魔女の荷を盗んでいく。
 その罰で細い足と足を結ばれてしまう、愚かな鳥の名前だ。
 随分使わないので、すっかり忘れていた。白鷺は軽く額を叩いた。……馬鹿だ。
「ほほぅ。意外な」
 ほほぅ、ほほぅ、と小鳥が窓の桟から浮き上がる。はたはたと羽撃きながら。
「え、そうですか?」
 ぴったりだとしか言われたことがないのだが。
 奇妙な気分になって、くるぐると耳にかかった髪の一房をいじっては回し、外してはいじる。
「そうですとも。確かにあなたは真っ白な見た目ですが、」
 そう。白鷺は真っ白だ。髪はもちろん、服も、肌も、空気も。
 薄暗い中で彼女だけが皮肉に白い。
 例外はただ一つ。
「貴女の瞳は私と同じ緑ではありませんか」
 翠玉の瞳。
 透き通るような虹彩。
 僅かな蒼さを秘めた、宝石の色。
 けれど、白鷺は。
「……え?」
 酷く驚いた。
「し……、」
作品名:小鳥と少女 作家名:祭 歌