海竜王 霆雷10
「その大病が再発して助からないと言われていたんだが、私の姉になった人が助けてくれた。何度も何度も、そうやって保護者が助けてくれたけど、限界は近かった。そんな時に、妻が私を見初めてしまったんだ。それで、妻は私の境遇を慮って、人間としての寿命を少し延ばしてくれた。それでも五年ばかりだったけどね。・・・それで限界だった。人間の娘とは顔も合わせられなかったぐらいだ。ほとんど死んだ状態で、私は妻に迎えに来てもらって竜になった。・・・未練なんて死ぬほどあった。でも、それをどうすることもできなかった。竜にならなければ、死んでいた。だから、人間であることは諦めたが正解だ。捨てたとは、今も思っていない。延ばして貰った五年の月日で、出来る限りのことはやってきたつもりだ。・・・・人界の娘が、どう思っていたかはわからない。恨まれていたかもしれないね。・・・・・これでよろしいか? 」
「じゃあ、なんで結婚なんかしてるんだよ? わかってたなら・・・」
「人界の娘は、人界で私の妻になった女性が、望んだからだ。私が死ぬ準備をするのに、どうしても手助けが必要だった。それを頼んだら、結婚して自分と子を成せ、と、迫られた。・・・その時の私には、それを飲むしかなかったんだ。もう、私には、あまり能力を使うだけの体力はなかったからね。それについては、妻も理解してくれている。だから、妻は、美愛という名前を自分の娘につけたんだ。・・・手に抱けなかった人界の娘の分も愛してくれ、と、言われた。」
生産調整なんて生易しいものではない。殺されるために生産されるなんて、どんな気分だろう。彰哉は、美愛の父親の言葉に頭の片隅が、きりりと冷えた。曲がりなりにも、自分には擁護施設があって、そこで、厳しくても、一応、生きていけるように育てられた。だが、同じようなものではあるだろう。誰かの幸せのため、犠牲とされる人間というなら共通するだろう。
「・・・似てるって言ってもいいのかな?・・・厳しさに、かなり差があるけどさ。」
「そうだね。・・・似ているだろう。・・・ただ、あなたと違うのは、私には血の繋がりはなくても家族はあった。私は、そのお陰で生きていた。そこは違うかもしれない。」
「・・うん・・・俺は、義理の親父と一年ちょっとしか暮らしてないもんな。」
泣くほどに恋しいと思う気持ちは、自分にはない。それに、自分は先に別離してしまった。その義父を思って泣くことはないだろう。避けられない別れだったから、美愛の父親は泣き暮らしたのだ。竜として生きていることを知らせるわけにもいかないし、自分は人間としては死んでいる。そのジレンマに苦しんだのはわかる。自分とは違う、と、彰哉は思った。自分には、人間界に未練というものがない。
・・・もし、義理の親父が生きてたら、俺も、そう思ったかもしれないな・・・・
あの人が生きていたら、たぶん、こんなふうに二つ返事とは行かなかっただろう。最後まで付き合って、ちゃんと別れたいと思ったはずだ。
「私は、血の繋がりというもので家族は構成されるとは思っていない。家族として暮らすということは、そういうものではないと思うんだ。だから、あなたが、こちらに来てくれる時には、家族として迎えるつもりだ。その時に、あなたは家族を持つことになる。だから、人間界の家族に固執することはない。・・・・私も七十年を過ぎたら泣かなくなった。私には新しい家族があって、それによって癒されたからね。」
「もう来てるのに? 」
「まだ、人間界に暮らすほうがいいのではないかな? 」
「どうして? 俺には、家族はいないし、何かやりたいこともない。知識というのを吸収するっていうなら、ここでやってもおなじことだろう? 」
あっけらかんと、そう言われて、深雪のほうも、ちょっと驚いた。何もないということは、案外、強いのかもしれない。何もないから、後ろ髪を引かれるようなものはないのだ。だから、新しい場所にジャンプしても、平静でいられる。
「もちろん、そうだが。・・・成人してからでもいいのではないかと思ったんだ。」
「それまで、また、あの退屈な日を送ると思うと、俺はブルーになる。それに、美愛が離れたくないって言ってる。」
「美愛と人間界に暮らすというのは? 」
「別に、それでもいいけどさ。それだったら、ここにいるのと、何処が違う? ってことになる。」
なるほど、娘の婿殿は、人間であることに固執する理由がないのだ。だから、こちらに移り住むことに対する抵抗が、怖ろしく低い。だが、それでも、この場で決めるべきではないだろう。
「一週間ほど滞在してみて、それでも、変わりがないと思われるなら、竜におなりなさい。」
「ああ、そうだな。こっちの暮らしのほうが退屈かもしんないもんな。・・・でも、こっちのほうが楽な気がするよ、親父さん。・・・俺、どうも人間として欠陥商品みたいだからさ。」
友人を作ることもなく、擁護施設で暮らしていた。たくさんの同様の人間がいたのに、それとは馴染めなかったから、養子に出ることになって、かなり喜んだのも事実だ。能力のこともあったし、何より、その人間たちから流れてくる心の動きが見えるのが面倒だった。内心と外面の違いに、辟易していたこともあった。ここには、そういうものがない。いや、ある程度は流れてくるが、人間ほどに酷いことはない。出迎えた二匹の竜の心も、動きはあったが、深くはなかった。
彰哉の言葉に、声を出して美愛の父親は笑い出した。過去、それを自分も妻に言ったことがある。
「それは、私と同じだ。」
「あんた、すっごくきっちりしてるように見えるぜ? 」
「外面はいいからね。あなたが、私の家族になったら、それがわかるでしょう。まだ、お聞きになりたいことがありますか? 彰哉。」
「ああ、竜になるって、どうするんだ? 」
まさか、改造されるとかいうことはないだろうが、どうするのか疑問だった。二千年以上生きられるというなら、たぶん、根本から違うものになるはずだ。
その疑問についても、父親は丁寧に教えてくれた。竜に成る秘薬というものがあって、それを飲んで、ゆっくりと変化していくのだという。体内の組織が完全に入れ替わるので、しばらくは眠っていたりもするという。
「俺は何色の竜になるんだ? 」
「さあ、まだ、わかりません。変化してみないことには、どうとはいえない。」
そのものの性質によって、変化する竜の種類も変わる。大地、風、水、炎のどの属性が、彰哉に備わっているかは、そうならないと判断できない。
「親父さんは、白? 見せてもらえる? 」
「いいですよ。」
ゆっくりと目を閉じて、両手を下に広げると、すっと、人型が崩れていく。そこから光が現れて、ゆっくりと白く大きなものが現出する。ゆっくりと、それは、リアルな形に変化して、彰哉の前に、真っ白な竜が現れた。美愛が、「銀白色の美しい鱗の持ち主」 と、自慢していた通りに、その鱗は白を通り越して銀色に光っていた。彰哉の頭に、直接、言葉が響いてくる。
・・・どうですか? ・・・・
「うん、美愛も綺麗だったけどさ。親父さんも綺麗だよ。」
・・ありがとう・・・・
「俺も、こんなのになれる? 」
・・・もちろん。・・・・