銀の絆
それは本当に突然のことだったが、柚子は打たれた頬を押さえながら起き上がり、すぐに麻子に縋るように抱きついた。
「どうしていなくなったりするの?柚子は麻ちゃんを愛しているのに!」
「嘘だ!柚子はいなくなるんだ!あたしを置いてどこかへ行っちゃうんだ!」
こうなるともう、麻子は聞く耳を持たない。
だが柚子は分かっている。麻子は過去に『何か辛いこと』があったのだ。誰か大切な人を失ったのだ。だから時々こうして錯乱するが、それだって全部柚子を愛するが故だ。
誰よりも何よりも大切に思っているからこそ、失くすことを恐れる。
そうだ。そうに違いない。
柚子は麻子を掻き抱いて、その背を髪を撫で摩ってやった。
「柚子はどこへも行かないよ。麻ちゃんと離れるなんて堪えられない。柚子は……」
ぎゅっと、麻子の手を握る。麻子は涙に潤んだ目で柚子を見て、押し倒すようにして覆いかぶさってきた。
「嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ!」
麻子の細い指が柚子の白い首にかけられる。これには流石の柚子も顔面を蒼白にして、麻子を凝視した。
「やめて。麻ちゃん……」
「柚子はいけない子だ。あたしに嘘をつく」
「違う!麻ちゃん、違う!」
「うるさい!」
指に力が込められ、気道が塞がれる。柚子の目に生理的な涙が浮かぶ。
「麻……ちゃん……」
苦しい。意識が遠くなる。麻子の目は焦点が合わず、浮遊している。
駄目だ。駄目だ!
だが麻子の力は弱まらない。柚子の力では麻子を押しのけることができない。
「柚子。柚子。いつまでも傍にいて。傍にいてくれれば、許してあげるよ」
「傍に、いる……!いるよ……っ!」
ふ、と力が弱まった。その隙に麻子を引き倒すようにして抱きつく。押さえ込み、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
その間も柚子はむせて、失いかけた酸素を必死に取り込もうとする。
「麻ちゃん……!」
見ると、麻子は真っ直ぐに柚子を見つめていた。
「柚子……」
「麻ちゃん……」
二人は抱き合って、泣いた。
こんな麻子を置いて、どこかへいける筈がない。こんなにも激しく求められているのに、それを裏切る筈がない。
熱く痛む頬も、圧迫された喉も、何もかもを受け入れる覚悟はできている。
首輪のように銀の指輪を首からぶら下げた柚子は、何もかも、麻子の思い通りになる覚悟はできているのだ。