銀の絆
3
ぽつぽつぽつ。
雨音が響く。
麻子は雨粒が窓ガラスにぶつかって垂れてゆくのを見つめている。
「酷くならないと良いわね」
言ったのは、カウンセラーの典子だ。
「なんで?」
麻子は不思議そうに首を傾げる。それはあどけない仕草なのに、何故かねっとりとした色気が漂っている。
「雨は命を満たしてくれるよ。先生、雨は嫌いなの?」
「そうねぇ……」
言われてみればそうかもしれない。と、典子は思った。
「そういう考え方もあるわね。素敵だわ」
会話はそれで終わってしまった。麻子は黙って、また視線を窓に戻した。
典子は麻子の様子を観察する。
麻子は二人がけのソファに膝を抱えて座っている。短く丈を切られた学校のスカートからすらりと長く白い肉付きの良い足が伸びていて、それが異性を魅惑するのだろう。前任のカウンセラーは男性だったが、彼女と通じたために罷免された。
だがそんな上辺のことはどうでも良かった。大切なのは、麻子が今何をどう感じているかだ。
「母さんは、」
ポツリと、話し出す。
「雨の日は家にいてくれた。母さんは雨が嫌いだったから、出かけなかった」
「雨の日のお母さんは優しかった?」
「……そう。優しかった。
食事を作ってくれて、あたし達は、温かいご飯を二人で食べた」
「雨の日はぶたれなかった?」
ぴくり、と肩が跳ねた。ゆっくりと、視線が典子へと移動する。
「ぶたれた。でもそれはあたしが悪い子だから。
母さんの言うことを聞かない悪い子だから」
「お母さんは悪くない?」
「悪くない」
強い瞳。母親を庇おうとする時だけ、彼女の瞳に力が宿る。
虐待された子供の中には、虐待していた親に対して強い執着を見せるものがある。麻子はそれが特に顕著で、児童相談所が保護した中学二年のときも、ひたすらに母親を庇っていたという。
だがその母親ももういない。
麻子が児童相談所に保護されたその日の夜、首を吊って――死んだ。