銀の絆
麻子の左手の薬指と、柚子の首にぶら下がる細い鎖の先にある物。
同じ指輪。素っ気無い、銀色の指輪。
だがその指輪の内側には、それぞれ文字が刻まれている。
『A to Y』
『Y to A』
二人の少女の、お互いを繋ぐためのへその緒。
麻子は柚子を胸に抱き、まるで母親のような面持ちで優しく髪をすいてやる。
柚子はぶたれた両頬に痛みなど感じない様子で、ゆっくりと目を閉じてされるままになる。
目を閉じれば、街の音が朝やかに耳に届いた。
人々の忙しない足音。笑い声。奇声に似た歓声や、路上ライブのギターの音。それから、流れてゆく車の雑音。電車の音。
薄暗い路地裏の中で、生暖かな麻子の胸に抱かれて、柚子は思う。
――塾、さぼってしまった。
どうせ両親にはバレやしない。二親とも、己の仕事に没頭する性質で、ここ数日まともに顔も合わせていなかった。そもそもが家に帰っているのかどうかさえ判らぬのだから、顔の合わせようもなかった。
――良いや。もう。
何をするよりも、こうして麻子に抱かれていたいと思う。時々にかっとなって今日のような罰を受けることはあっても、麻子は柚子を愛してくれている。
そう。今日のことにしたって、柚子が『印』たる指輪を身に着けていなかったのが悪いのだ。二人の繋がり。大切な『印』。麻子がそれに怒るのは、それだけ柚子を愛しているからに違いない。
「麻ちゃん」
柚子のまだあどけなさの残る声が麻子を呼ぶ。
夢見がちなうっとりとした目で柚子の髪を撫でていた麻子は、まだ夢から覚めきらないようなおっとりとした仕草で首を傾げて応えた。
「柚子、良い子にするわ。麻ちゃんに嫌われたくないの。
麻ちゃん、柚子が良い子だったら、愛してくれるでしょう?」
「馬鹿なことを」
麻子の声には、まだ十七歳の少女とは思えないほどの艶がある。唇も林檎色で、どうにも隠しきれない色気があるのだ。
「柚子がどんな悪い子だって、あたしはあんたを愛してるわ。
いつでも。いつでもよ」
「本当に?」
「あんたに嘘なんてつくもんか。愛してるよ、柚子。本当の本当に」
ぎゅうっと強く抱きしめられる。
今度は柚子がうっとりとしたような表情になった。
「ああ、麻ちゃん。柚子も麻ちゃんを愛してるのよ。
柚子たちは、本当の本当に愛し合ってるのね」
それは夢のような出来事だ。誰も彼もが自分にそっぽを向くこの世で、麻子だけは自分を見捨てずにいてくれる。両親さえも、自分を見ないというのに、だ。