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銀の絆

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 いつもの駅近くの路地裏でのことだ。
 その日もストリートミュージシャンのギターの音や、人々のさざめく音、そして電車の音などが混沌としていた。
 だが麻子は物静かで、虚ろな目をしている。
「麻ちゃん。大丈夫……?」
 柚子は麻子を気遣って、そこに放置されていたビールケースに腰掛けるよう促す。
 だが麻子はそれを拒否して、乱暴に柚子を抱きしめた。
「柚子、あたしのこと、好き?」
 か弱い声。
 柚子は途端に可哀想になって、麻子をぎゅっと抱きしめ返した。
「好き!愛してる!」
 どうして今更そんなことを訊くのだろう。
 どうして今更そんなに心細くなっているのだろう。
 弱々しい麻子など見たくはない。
 麻子にはいつも強く輝いて君臨していて欲しい。
 そうじゃないと、見失いそうになる。自分たちの世界を。
「麻ちゃんも柚子のこと好きでしょう?愛してるでしょう?」
「好きだよ。愛してるよ。だから不安になるんだ、柚子。
 柚子がどこか、あたしの手の届かないところに行っちゃうんじゃないかって、たまらなく不安になるんだよ」
「柚子はどこにも行かない。麻ちゃんの傍にいる。いつでも麻ちゃんの望みどおりにする。それが柚子の愛の証よ」
「それじゃあ、柚子、耐えられる?」
 麻子の手の平がひたりと柚子の頬に当てられた。
 ああ、くる。
 柚子は覚悟して、きゅっと目を瞑る。
 パシン、と鋭い音が響いて、柚子の頬に熱い痛みが走る。
「痛いでしょ。柚子、耐えられる?あたしを愛してるなら、耐えられるよね?」
「ウン、耐える。耐えられるよ」
 それを聞くと、麻子はもう一度、今度は反対側の頬を張った。
 バチンと鈍い音がして、柚子はぐらつく。それでも踏みとどまった。
 これが。
 これが愛だ。
 この痛みが自分を支配する、絶対無二の愛だ。
 柚子は耐えて、次の平手を待った。
 だがこない。
 いぶかしんで麻子を見ると、麻子は真っ直ぐに柚子の後ろを凝視していた。
 柚子が振り返ると、そこに立っていたのは、ぽかんと口を開けた女性だった。
作品名:銀の絆 作家名:ハル