銀の絆
10
典子には弟がいる。
名前を信彦といい、姉馬鹿といわれるかもしれないが、自慢の弟である。成績優秀で素行も良く、進学校の学級で委員長も任されているくらいなのだ。
この信彦が、近頃気になるクラスメイトがいると言う。
「時々ほっぺたなんて腫らしてさ。こないだなんて首に絞められた手形がくっきり残ってたんだ」
典子はそれを聞いて嫌そうに顔を歪めた。
「なぁにそれ。虐待されてるんじゃないの」
虐待、といえば、麻子を思い出す。
「俺もそうじゃないかと思って。でも本人は放っておけって言うんだよ」
「親を庇ってるのかしら」
「もしかしたら彼氏かも」
「ドメスティックバイオレンスってやつね」
嫌だわぁ。とおばさんっぽい声を上げると、信彦はいたく真剣な目をして、
「姉さん、一度伊原と話してみてくれない?」
と言った。
「話すって言ったって、本人が乗り気じゃないなら無理よ」
「だってこのままじゃ殺されちゃうよ」
「そんなに酷いなら、ほら、児童相談所に通報とか」
「親かどうかは分からないんだぜ」
「それもそうねぇ……」
警察、は、動かないだろう。
「その、伊原さん?なんて名前?」
「伊原柚子」
「柚子?」
聞き覚えがある。柚子。どこかで聞いた。
はっと麻子の顔が思い浮かぶ。後生大事そうにはめているあの薬指の指輪。
――『柚子とお揃い』
麻子が言っていた。
まさか。
まさか、と首を振る。
信彦は怪訝そうにそれを見つめていたが、やがて、姉にもどうしようもないと諦めて自室へと引き上げた。