海竜王 霆雷8
海沿いの公園のベンチに座っている。そこの周囲を見渡して、美愛は、そう告げる。他人のことなど関心はないだろう。どんな話であろうと、聞き耳立てられれば、自分は気付ける。だから、「いいよ。」 と、話を勧めた。
美愛たちは、竜と、その配下を治める立場にある竜王の血族で、必ず、四人の男子と一人の女子が兄弟として生まれてくる家系だという。産むのは、もちろん、その女子なわけで、他の四人の男子が、竜族を統率する竜王となる。女子は、水晶宮という竜族の本拠地を統括する地位と、次代の竜王たちを生むという役目を生まれながら持っている。
「つまり、私が、その女子で、黄龍です。」
「で、弟たちが、次のリーダーってことか。大変だなあ。」
自分を指して、美愛が苦笑すると、彰哉も、適当なチャチャをいれる。生まれる前から決まっている役目なんてものがあるのは、彰哉にしてみれば、羨ましい。自分には、目的もないし、生産調整の部品という味気ない役目しかないからだ。
「私の結婚相手は、私が決めることになっています。他の弟たちは、自分で決めても良いし、政略的な意味合いの婚儀もしますので、一夫多妻制ですが、私だけは、一夫一妻です。」
そうしなければ、子供が生まれない仕組みなのだと、淡々と美愛が語り、そこで、口を閉じた。
・・・えーっと?・・それって・・・・
なんとなく、不思議な気分で、彰哉も黙り込んだ。話したい、一緒に暮らしたい、と、美愛は、自分の許へ押しかけてきた。
「・・・私と申しますか、黄龍は、一目惚れした相手を、世界中、巡って探します。・・・黄龍は、次代の竜王を産むのですが、本能的に、次代の竜王に必要なものを持っている相手を選ぶのです。ただ、けっして、策略めいたことではなくて、一目惚れするので、自分で、どうすることもできません。」
「必要なもの? 」
「はい。私の父が、母に選ばれたのは、次代の竜王の能力を根底から引き上げるためだったと言われています。私は、その父の能力を色濃く引き継ぎましたので、それ以前の黄龍よりも強力な力を携えています。彰哉と戦った時の力は、そのひとつです。人間だった父は、普通にはない、神仙界にもない超常力を生まれた時から持っていました。その超常力が、母を引き寄せたのです。」
両親が結婚して、生まれた自分たちは、皆、その超常力を保有した。それまでの竜王の力よりも強いものを与えられたのだ。
「黄龍は、そのようにして、次代の竜王たちを強くします。・・・・母は、けっして、その超常力に惹かれたのではありません。父を心から愛していますし、何ものにも増して大切にしています。父が命じれば、母は、どんなことでも応じるでしょう。父も、そんな母を大切にしています。」
「ふーん、じゃあ、告ったのは、美愛のお母さんなのか。」
「ええ、かなり強引でしたけど。」
だが、父は、後悔などしていない。『私は楽園に暮らしている。』と、まで、言うのだ。いろんなことがあっただろうことは、想像できる。それを、夫婦で乗り越えてきたから、そう言えるのだと、美愛は思う。いつか、自分の夫にも、そう言ってもらいたいと願っている。そこで、横に座っている彰哉の顔を、そっと伺った。ふたりとも、ソフトクリームは食べ終えていた。コーンに巻かれていた紙だけが、彰哉の手にある。それを、ぎゅっぎゅっと握り返しながら、前方を向いて聞いている。
「それで? 」
美愛の気配で、彰哉も顔を向けた。別に、困っている様子も、話に飽きた様子もない。ただ、穏かな顔で、美愛を見ている。
「・・・私・・・・一目惚れなんて、無理だと思っていました。」
「うん。」
「でも、見た瞬間に、わからない感情に振り回されて・・・どうしていいのか、わかりませんでした。」
「うん。」
「その感情が、なんなのかわかるまで、傍にいようと思ったのです。」
「・・うん・・」
「彰哉が、私の波動の球を受け入れようとした瞬間に、ようやく、理解できました。」
「・・ああ・・・そうか・・・」
「いなくなったら、生きていけないと思ったのです。彰哉の姿が、ずっと傍に欲しいと。」
「・・・うん・・・」
「ごめんなさい。私は、あなたでないと子供が産めそうにありません。・・・どうか、私と水晶宮で、一緒に暮らしてください。それ以外は、何も望みません。彰哉が、一夫多妻がいいと言うなら、それでも構いません。お願いだから、竜になってっっ。」
途中から、顔を真っ赤にして、涙をポロポロと零す美愛に、彰哉は、ようやく、自分の未来を知ることが出来たと思った。消えてなくなるというのは、死ぬことではないのだ。人間ではなくなって、竜になって、あの深海に住むことだとは思わなかったが、そういうことらしい。
・・・俺って・・・とんでもないな、親父・・・・・
こんな未来を予知していた義父は、どんな感想を持ったのだろう。あまりにも現実離れしているのに、それを信じて、ちゃんと用意してくれた。たぶん、あの家に住むことが、この出逢いの始まりでもあった。だから、彰哉だけは、同居することにしてくれたのだろう。これといって、難しい会話をしたこともないが、義父は、楽しんでいたのかもしれない。とんでもない未来が待っている自分を眺めていることで、病床の慰めにもなっていたのかもしれない。
「・・・死ぬわけじゃなかったんだ・・・ははははは・・・・竜になるのか、俺。」
「彰哉? 」
厭世観に憑かれていたのに、美愛と暮らして、そんなものは消し飛んだ。この高飛車で、人間界の常識なんて、欠片も持ち合わせていなかった美愛と暮らすのは、忙しくて騒々しくて楽しかった。だから、これでいいのだろう。知らなかった未来は、とても大きくて、でも、なんとなく、自分の腹にストンと落ち着いていた。たぶん、これでいいのだ。
「・・・美愛・・・俺、竜になる。あんま、おまえとエッチするとか、そういうの想像できないけどさ。ま、そのうち、そういう気分になるかもしんないしな。」
あっけらかんと、そう言って、彰哉は笑った。気分的には、そういう生々しい感情より、姉が居るような感覚だった。だが、真っ赤になって告っている美愛は、可愛いとも思う。そんなふうに、自分だけに語られる言葉は、初めてかもしれない。自分を必要としてくれる相手があることも、初めてだろう。だから、竜になろうと、彰哉は決めた。未来は、そう決まっていたのなら、それでいい。
そう言ったら、美愛は顔を、さらに真っ赤にして、「エッエッチってっっ。そんなあからさまなことをっっ。」 と、怒鳴ったが、それすら、彰哉には、笑える。ぽかぽかと頭を何度か叩かれるが、笑いが収まらない。
「・・なんかさ・・・俺・・・嬉しいよ・・・ただの部品だと思ってたけど・・・違うとこにいけば・・ちゃんとした人間みたいになれるってのがさっっ・・・・・」
「もうちょっと、ちゃんとした感想はないのですか? 彰哉っっ。私は、真剣に求婚をしたというのにっっ。」
「ははははは・・・・わかってる。わかってるって、美愛。だから、嬉しいって、言ってんだろっっ。」