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海竜王 霆雷8

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「俺は失踪するって、親父は言ったのか? それに、他の相続人って・・・そんなのいるのかよ? 」
 自分以外にも、養子がいたとは知らなかった。なぜなら、誰も葬儀に参列しなかったからだ。弁護士と自分だけが、葬儀に出た。義父の遺言で墓は作らなかったから、その灰は、海へ流した。そこまでを、ふたりだけで行ったのだ。養子になっているものがいるなら、その場に来ているはずだ。
「相続人たちは、養子ではあるんだが、きみの義父の顔も知らないんだ。そういう約束で、養子縁組したからね。月灘という名前だけは継いでいるけど、それ以外は、私としか接触していない。・・・それから、あの人は、『彰哉は、たぶん、財産を投げ捨てて消えるから、そのつもりでいてくれ。』とも、おっしゃった。生前、変わった方だったから、気にしていなかったんだが、本当に、きみがそう言い出すまで忘れていたんだよ。」
 ああ、やっぱり、と、彰哉も苦笑した。風変わりな義父だとは思っていたが、やっぱり、そういう能力があったのだ。どうやって消えるのかは、わからないが、確実に、消えることは確定していたらしい。
「じゃあ、勝手に消えても問題ないんだ。」
「できれば、消えてもらうのは困るんだが? いろいろと手続きが厄介なんだがね。というより、消える予定があるのかい? 」
「うーん、あるんだろうな。」
 そう言いながら、笑ってしまった。消える予定っていうのが、なんだかおかしな言葉だ。だが、それに縛られることはないのだと判ったら、ちょっと、ほっとしたのも事実だ。自分が思うように、好きなようにしなさい、と、言ってくれた義父の言葉の意味は、こんなに大きかった。それは予想外に、嬉しかったからだ。
「とりあえず、消えるまでは、教育プログラムの課題は続けてくれないかな? 」
「うん、やれるとこまではやるよ。」
「ということは、予定は近日中と思ってもかまわないのかな? 」
「さあ、そこまではわかんないよ。」
「わかった。では、質問は他にはないね。」
「うん、ありがとう。」
 受話器を置いて、ふうと息を吐いた。しかし、まあ、消えることが確定して嬉しいっていうのも、変な話だよな、と、彰哉は、へらへらと笑って、椅子の背に背中をどっかりと預けた。
「彰哉、課題をするのですか? 」
 時間を見計らったように、美愛が書斎に顔を出した。

・・・たぶん、消えるのには、美愛が関係してるんだろうな・・・・

 その顔を見て、そう思った。どういう経緯になるのか、わからないものの、とりあえず、美愛は関係してくるだろう。
「課題が貯まってるから、今日は、これをやる。」
「わかりました。手伝いは必要ですか? 」
「いいや、どうにかするさ。」
 わかりました、と、美愛は、さっさとへやを出て行った。やけに、大人しく引き下がったな、と、思っていたら、階下で、バタバタと音が聞こえる。掃除でも始めた様子だ。やるというなら止めるつもりはない。誰かが家に居るというのが、わかるから、多少の被害は目を瞑ろう。






 半年は、何事もなく過ぎた。その間に、美愛は家事一通りがこなせるようになって、今は当番制で順番にやっている。たまに、台所で、美愛のものではない声が聞こえているが、彰哉のほうは、わざと無視した。
 ある日、美愛が、たまには、遠出しないか? と、誘いに来た。
「どこへ? 」
「西海竜王の宮へ遊びに行きませんか、彰哉。」
「遠すぎるだろ? それ。」
「また、私が背に乗せてさしあげますよ? 」
 興味がないから、面倒にしか思えなくて、断ったら、では、どこなら付き合うのだ、と、逆に切り返された。
「遠出と言ってもなあ。」
 行きたいところが思い浮かばない。どこと言って、興味を持ったことはない。買い物もネット通販が充実しているから、わざわざ行く必要もないし、食事に興味もない。だいたい、未成年の自分では高級レストランなんて入るのも面倒になる。テーブルマナーとか、服装とか、そんなものから考えて、食事に行くなんて、バカらしい。
「美愛は、西海竜王の宮以外に行きたいところはあるのか? 」
「うーん、そうですねぇ。立派な建造物があるところを見学してみたいです。」
 立派な建造物と言われても、彰哉は、ぴんとこない。世界遺産に登録されているような場所というなら、いくつか近くにある。
「神社とか寺のことか? 」
「いいえ、鉄筋コンクリートで、できた建物のことです。テレビでやってますでしょ? 実物が、どんなものなのか、見たいとは思っておりました。」
 それなら、街のほうへ出れば、いくらでもある。難点は、ここから、街まで一時間はかかるということだ。それも、バスと電車を乗り継ぐので、美愛が、そういうものを知らないのも怖いといえば、怖い。
「夜なら、跳んで案内するけど? 」
「帰りは跳んで帰りますが、往路は交通機関を試したいと思います。」
「うわぁー正気か? バスとか電車だぞ? 人ごみとかラッシュとか平気なのか? 」
「まあ、どうにかなるでしょう。」
 そして、そのことで、行動範囲は広まった。美愛は、たまに、そうやって連れ立って、街へ行くことを楽しむようになったのだ。未成年にしか見えない美愛と、未成年の自分では、行けるところも限界はあるが、それでも、かなり広がった。ソフトクリームなんてものは、現地でしか食べられない。彰哉当人すら食べたことがなかった。
「こういうの美味いもんだとは知らなかった。」
「よかったですね。私のお陰です、感謝してください。」
「おまえ、何様だっていうんだよ。」
「竜です。」
 そして、美愛は、顔を曇らせた。以前から、何か言い出そうとして、押し黙る姿を何度か見せた。そろそろ帰るつもりになったのか、と、彰哉は思っていた。最近、それが頻繁になっているのも気づいている。
「なあ、美愛。そろそろ帰るつもりなのか? 」
 もし、そうなら、自分は、美愛とは関係のないことで消えるのかもしれない。それとも、帰り際に、もう一度、戦えと言われるのかもしれない。だが、戦って消える方法は使えない。どうやって、自分は消えるというのだろう、と、美愛の、その様子を見るたびに、彰哉も考えていた。
「・・・帰ろうか、とも思います・・・・」
「・・・そうか・・・」
 ぼそりと、らしくない声音で美愛は呟くように言って、俯いた。

・・・・それなら、俺は、どうするんだろう・・・・

 確定した未来というものがあると言うのに、それがわからないというのが、もどかしい。だが、わからないからこそ、自分は普通に生きているのだとも言える。
「・・・寂しくなるな・・・」
 ぽつりと、自分の口から、そんな言葉が零れた。半年も生活を共にしていれば、すっかりと馴染んでしまった。それが、突然になくなるというのは、寂しいと正直、感じた。
「寂しいとおっしゃっていただけるのですね? 」
「そりゃ、そうだろう。」
 少し微笑んで、それから、美愛は、話したいことがある、と、真剣な眼差しで、彰哉と対峙した。何か言いたそうだと思っていたので、「聞く。」 と、だけ返事した。
「少し、竜族の婚儀についての説明からしますが、よろしいですか? 」
作品名:海竜王 霆雷8 作家名:篠義