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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-

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 廊下に二人の足音が響く中、アレンは点々と割れた電球たちに目をやった。その電球はエヴァの封印が解かれたときに割れたものだ。エヴァの解放はクーロンの街に大きな爪痕を残したのだ。
 だが、アレンは感じていた。
 ――まだだ。
 封印は解かれても、覚醒めてはいない。
 幾星霜を経て眠りから醒めたが?少女?が、真に覚醒めるとき、世界にどのような影響をもたらそうか?
 封印を解いたリリスは知っているのだろう?
 知らぬはずがない。
 事の解決にはリリスの力が必要かもしれない。けれど、アレンはリリスに話しても無駄だろうと思っていた。――だったら、最初から封印を解いていない。それがアレンの考えだ。
 しかし、リリスという女は気まぐれだ。物事がどう転ぶかはわからない。一寸先は闇だ。
 電球が割れてしまっているせいで、普段よりも暗い廊下を進み、セレンはアレンをトッシュの部屋の前まで案内した。
「ここがトッシュさんのお部屋です」
 セレンがドアをノックしようとすると、アレンがノックなしにドアを開けた。
「お邪魔しま〜す」
 と言うくらいなら、ノックくらいすればいいものを。
 ドアを開けると廊下に大量の光が流れ込んだ。
 突然部屋に入って来たアレンの顔を見て、トッシュはあからさまに嫌な顔をする。
「ノックくらいしろ。どんな教育を受けて来たんだ」
「悪かったな、俺はガッコーも行ってねえよ」
 小さなテーブルに着いているトッシュは、コーヒーを飲みながらアレンの右腕を見た。
「それで、腕は治ったのか?」
「直ったんだけど、そんなことより ――」
「なにも言うな」
 コーヒーカップに口を付けようとしていたトッシュの動きが止まり、空いている手をパーにして力強く前に突き出した。
「話くらい聞けよ」
「いや、聞かない」
 断固として自分の意見を曲げないトッシュに詰め寄ったアレンは、彼のコーヒーカップを持っている手を下げて言った。
「聞けってば」
「聞かないと言っているだろう。俺様は二度もおまえを助けて、俺様のせいで危険なことに巻き込んだシスターもちゃんと助けた」
「じゃあ、ついでに」
「ついではない」
「じゃあ、そのついでのついででいいからさ」
 ここでトッシュがため息をついて折れた。
「話だけは聞いてやる、言ってみろ」
「まずさあ、人型エネルギープラントはどうなったんだよ?」
「空の上に飛んで行った」
 そう言ってトッシュは人差し指を立てて天を示した。
 天に昇ったエヴァはクーロンの街からも見ることができ、今もまだ夜空で星のように輝いている。それ以上の動きは見せない。エヴァはクーロン上空で、ただじっとしているのだ。
 アレンはトッシュの指差す方向を見た。そこには天井があるが、アレンはその先を見て、なにかを考えるように目を閉じた。
 歯車が廻っている。
 こんなに離れているのに、歯車が廻っている。
 なぜ、歯車は廻る?
 ゆっくりと目を開けたアレンはトッシュに尋ねた。
「あのさ、飛空機とか持ってないのかよ?」
「この街にそんな高価な代物を持っている奴がいると思うか?」
「あんただったら持ってそうだし。小型のプロペラ式でいんだけど?」
「だから持っていないと言っているだろう。それと、この街中を探しても無駄だと先に言っておくぞ」
「使えねえなぁ」
 腕組みをしたアレンは、そのまま床に胡坐をかいて黙り込んでしまった。
「アレンさん、床に座るなんて汚いですよ」
「うっせーよ」
 セレンに悪態をついたアレンは再び黙り込む。
 少し顔を膨らませてドアの前で突っ立っていたセレンを押し退けて、リリスが足音も立てずに部屋に入って来た。
「空飛ぶ乗り物なら、この街の地下に眠っておる」
「マジか姐ちゃん!?」
 床を叩いて飛び上がったアレンを、リリスは老女とは思えぬ艶やかな瞳で見つめた。
「ほほほっ、ついて参れ」

 月光が鋼色の機体に反射する。
 けたたましい爆音を静かな夜に鳴り響かせながら、巨大な鉄の塊が砂煙を上げなら空に舞い上がる。
 魔導を動力源とし、巨大なエンジンに膨大なエネルギー送り込む。
 全長は三五〇メートル以上もの巨体が宙に浮いた。
 シュラ帝國が世界に誇る、世界最大級の飛空挺〈キュプロクス〉が、夜空を支配しようとしている。
 幾つものライトを灯台の光のように撒き散らし、〈キュプロクス〉が天へ天へと昇っていく。
 風が少し強い。
 まるで風が唸り声をあげているようだ。
 〈キュプロクス〉が目指す航路は、夜空に燦然と輝く巨星――エヴァのもとへ。
 艦内では慌ただしく兵士たちが動いていた。
 武器の整備から小型飛空機の整備に時間を追われ、ひとりの?少女?を捕獲するために万全の準備が進められていた。
 皇帝ルオの前での失態は許されない。それは死に直結するからだ。それゆえ、兵士たちの士気は高まり、?少女?捕獲の準備は万全に万全を期した。
 艦内のほぼ中心部にある広い司令室では、皇帝ルオが艦長の椅子――つまりルオの特等席に脚を組んで座っていた。
「ライザ、どうするつもりなんだい?」
 ルオは斜め上を見上げて、不機嫌そうなライザに尋ねた。
「アタクシといたしましては、捕獲を第一優先事項、それができなければ破壊を推奨いたしますわ」
「破壊は勿体ないね」
 まったくそのとおりだとライザは思っていた。破壊と口にはしたが、ライザはエヴァを破壊する気など毛頭ない。
「では、人型エネルギープラント捕獲のために、?黒い翼?を投入いたします」
「朕は参謀ではないから、君の好きなようにやってくれればいい」
「御意のままに」
 ルオに軽く頭を下げたライザは、前方の席にいるオペレーターに命令を下した。
「?黒の翼?に出動の命令をなさい」
 それだけを言った。そう、すでに作戦は決まっていたのだ。?黒の翼?を投入することは最初から決まっており、艦内ではそれに沿って準備が進められていたのだ。
 シュラ帝國のエースパイロットで構成された、小型飛空機の精鋭部隊が?黒の翼?である。彼らの任務は常に戦闘の最前線に立つことであり、空での仕事を一手に引き受けるスペシャリスト集団でもある。?黒の翼?は常に模範でなければならないのだ。
 ?黒い翼?の名のとおり、黒い翼を持つプロペラ型飛空機の周りには、黒尽くめの服に身を包む隊員たちが出動の要請を待っていた。
 格納庫で待機していた?黒の翼?部隊長に通達が下る。
 通信機を口元から下げた部隊長が、すぐさま隊員たちに指示を下す。
 隊員たちが慌ただしく動き、格納庫になんともいえぬ緊張感が走る。
 月明かりの下での作戦は困難を極める。その困難さと危険さは昼間の比ではない。それでも彼らは行く。ある者は愛する者のため、ある者は名誉や誇りのため、ある者は己のために空を翔け巡る。
 飛空機を運ぶための昇降口が開かれ、一機目の飛空機が飛空挺上部の発着場にエレベーターで運ばれていく。
 開かれた昇降口の先は闇だった。暗い夜空が広がっている。星々の煌きだけでは心もとない。それでも機械制御のエレベーターは上へと向かう。
 長く伸びる甲板の上から観える星はいつもよりも騒がしく輝いていた。
 ――二一時ちょうど作戦開始。