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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-

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 幼子を諭すようにリリスが話しかける。だが、エヴァは聞く耳を持たずアレンを抱きかかえようとした。
 空気が激しく震え上がった。
 エヴァが声にならない叫びをあげ、超振動の波紋が広がり、エヴァを止めようとした兵士たちが散り散りに吹き飛ばされた。その場で耐えたのはリリスのみ。
「聞き分けのない子じゃな。まったく誰に似たのやら……」
 愚痴を溢したリリスは、優雅に片手をエヴァの額に乗せようとした。再び眠りにつかせようとしたのだ。だが、見えない衝撃によって、リリスの身体は後方に五メートルほど吹き飛ばされて止まった。
「わがままなところはわしに似たか……」
 少し笑いながら呟くようにリリスが言った直後、彼女の眼は大きく見開かれた。
 大きく広げられた紅白の翼から、大量の煌きが零れる。
 羽ばたいた。
 ――飛ぶ。
 アレンを抱きかかえたエヴァが、天に向かって羽ばたこうとしている。
 大事な実験サンプルに逃げられると思ったライザがエヴァに向かって走った。だが、エヴァの身体から放たれた光柱が天を衝き、激しい閃光とともにライザの身体は後方に吹き飛ばされた。
 光が天に昇る。
 飛び立とうとしているエヴァの前で老婆リリスの姿形が変化した。老婆リリスから妖女リリスへ。
「妾の話を聴くのじゃ。その子は重症を負って、放っておけば死ぬ。全機能停止じゃ」
 〈黒の剣〉のよって腕を切られたアレンの傷口からは、煌く砂とも液体ともつかぬ物質が流れ出し、顔は生気を失い蒼ざめている。
 『全機能停止』という言葉を聞いて、エヴァの顔に陰が差すが、それでも?少女?は?少年?を連れて行こうとした。
 舞い上がるエヴァの身体。
 逃がさまいとリリスが手を上げた。
 宇宙へ昇ろうとするエヴァの足に黒い触手が絡みつく。その触手はリリスのナイトドレスから伸びていた。
「妹の言うことしか聴けぬのかえ?」
 月のような静かな激昂だった。
 黒い触手がアレンの身体を包み、エヴァはアレンを奪われまいとするが、?創造物?は?創造主?には勝てなかった。
 黒色に包まれたアレンがリリスの胸に抱かれ、一筋の流星が天に向かって降り注ぐ。
 金属板の床が激しく揺れ、足場が崩れようとしていた。
 衝撃波が巻き起こり、床が落ち崩れる。
 ルオは気を失って倒れているライザを抱え出入り口に走り、トッシュはアレンを抱えながらセレンとともに走った。しかし、床は轟音を立てながら崩壊した。
「きゃっ!」
 足を滑られせたセレンにトッシュが片手を差し伸べるが、彼の立っていた足場も崩れた。
 崩れ落ちた金属板たちは、遥か三〇メートル地上に叩きつけられ、砂煙が辺りを包み込み、視界をゼロとした。
 すべては砂煙に埋もれ、姿を消してしまった。
 夜空には二つの輝きが昇っていた。
 静かに微笑む月と、月よりも美しく輝く儚げな?少女?。

 意識は微かにあった。
 薄く開けた瞼の先に見えるライトが眩しく、視界がぼやけ、黒い人影が自分の顔を覗きこんでいるのに、誰だかまったくわからない。
「エーテル体が不足しているようだわ」
 誰の声なのかわからない。
 前にもこんなことがあったような気がする。
 もしかしたら意識は戻っていないのかもしれない。
 過去の回想かもしれない。
 アレンにはどちらでもいいことだった。
「エーテル体の流出が激しいようじゃな」
 ――過去と現在がリンクする。
「オリハルコンとの合金を――」
「オリハルコンの合金のようじゃが――」
 過去の声と今の声が交差する。
「わたくしの力で――」
「わしの力で――」
 凍てついた手術台の上にひとりの少女が横たわっていた。
 一糸纏わぬ少女の身体は紅い血で覆われ、右脚も右腕も欠損し、内臓も飛び出してしまっている悲惨な状態だった。
 凍てついた手術台の上にアレンは寝かされていた。
 服を脱がされ、鼠色の金属が右半身を覆い、右腕はルオとの戦いで失われていた。
 造り変わる身体。
 造り直される身体。
 過去の偉大な魔導師は、死人からヒトを創った。
 現在の偉大な魔導師は――。
「これで完璧じゃ。修理だけでこれほどまでに身を削る思いをするとは、此奴を創った者は……」
 そこでリリスは口を噤んだ。その表情に刻まれた皺は深い。
 手術台の上で寝ていたアレンが、ゆっくりと瞼を動かした。
「……胸糞悪ぃ」
 機械の右手をゆっくりと天井に向けたアレンが、自分の右手を眺めながら状態を起した。
「あんたが直してくれたのか?」
「わし意外に誰がおる?」
 しんと静まり返った金属の部屋にはリリス以外の者はいない。さきほど聞こえていた声も、やはり幻聴だったようだ。
「あんたが直したのか……。これでひとつはっきりしたことがある。やっぱあんたじゃねえ」
「なにがじゃ?」
「別にぃ。あと、あんたと初めて会ったとき、初めてじゃない気がしたけんど、あれ俺の気のせい」
 死人からヒトを創った偉大なる魔導師は誰か?
 その問いはアレンに解けることはなかったが、ひとつだけはっきりしたことがある。
 ――リリスではない。
 手術台から飛び降りたアレンはリリスから服を受け取ると、素早く着替えて帽子を被り、最後にゴーグルを頭の上に乗せた。
「あんがと」
 そう呟いてアレンはリリスを残して部屋を後にした。
 部屋の外は長方形の筒のような廊下が続いていた。
 所々が茶色く錆びている廊下を照らす明かりは、等間隔に天井にぶら下がっている裸電球だけで、廊下全体が薄暗いために遠く先は闇だった
 見覚えのある廊下だった。
「アレンさん、あの、もう大丈夫なんですか?」
 部屋の外でアレンに声をかけたのはセレンだった。その表情は沈痛な面持ちだ。
 それに対して、アレンの言葉は素っ気無いものだった。
「へーき」
「……わたし心配してたんですよ。それなのに、そんな返事……」
「心配すんのはあんたの勝手だろ。それとも?ありがとう?とか言って欲しいわけ?」
「別にそうじゃありませんけど」
「じゃ、ちょーへーき。これでいいだろ」
「…………」
 セレンは言葉を失った。
 悲しいとか、怒りといった感情を越え、ただ唖然と言葉を失ってしまった。アレンの神経構造が、セレンの理解の範疇を越えたのだ。
 そして、アレンは前の話がなかったように、
「つーかさ、ここどこ?」
「トッシュさんの隠れ家だそうです」
「やっぱね。どーりで見覚えがあったと思った」
 アレンがここに来たのは二度目だった。その二度とも、意識を失っているときに運ばれた。
 自分勝手に歩き出したアレンが、いきなり後ろを振り向く。
「で、トッシュはどこにいんの?」
「えっと、そっちじゃなくて、こっちです」
 セレンが申し訳なさそうに指を差したのは、アレンがいるのとはまったく逆の方向だった。
「早く言えよ」
「だって、アレンさんが勝手に歩き出したのが悪いんですよ」
「気が利かねえなぁ」
 ぶつくさ言いながらアレンはセレンに連れられて廊下を歩いた。
 いつもよりもアレンの機嫌が悪いことをセレンは感じていた。自分の知らないうちに、なにかあったのかもしれない。けれど、なにがあったのかは想像も及ばなかった。セレンにとって、アレンは未だ正体不明なのだ。