魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-
「朕は絶対に負けない」
「勝手に言ってろ。すぐに痛い目見せてやんから。お尻ぺんぺんしてやるぜ!」
「朕が負けるわけがないだろう、神が下郎に」
「神なんざいねえよ!」
攻撃するは魔導銃〈グングニール〉。
迎え撃つは魔剣〈黒の剣〉
だが、〈グングニール〉の雷撃は、〈黒の剣〉によってすべて無効とされている。
いかにして戦うアレン?
アレンの手から雷撃が放たれた。それと同時にアレンがルオとの距離を詰めた。接近戦に持ち込む気だ。
稲妻は刹那のうちに〈黒の剣〉に呑まれてしまった。やはり、ルオを前に〈グングニール〉の雷撃は太刀打ちできないのか。だが、アレンはルオの懐に飛び込んでいた。
歯車が鳴る。それはルオの予想を超えたスピードだった。アレンの左フックがルオの顔面に炸裂した。
「ルオ様!」
頬を抉られて後方に吹っ飛んだルオの姿を見て、ライザが叫び声をあげた。
地面に片手を付き、口から血を吐き捨てるルオの姿を見て、アレンがガッツポーズを決めた。
「よっしゃ、1ポイント先取!」
「朕を殴ったな!」
口を拳で拭い、ゆっくりと立ち上がったルオの肩は震えていた。
「くくく……母君にも父君にも手を上げられたことのない、この朕を殴ったね……あははははっ!」
アレンはルオを殴った最初の者となった。それがどのような意味を持つか、ルオを知るものならば震え上がり泣き叫ぶだろう。だが、アレンはアレンだ。
「殴られて笑うなんて、頭イッてんな、あんた」
悪態を吐くアレンを睨みつけたライザは、ルオの元に駆け寄ろうとしたが、それをルオが切っ先を持って静止した。
「手出しは無用と言ったはずだが?」
「わかりましたわ」
首に剣の切っ先を突きつけられたライザは、それ以上はなにも言わず、後退りをしてルオから離れた。
ルオは〈黒の剣〉を構え直すと、踵を弾ませて微笑んだ。
「あはは、今日はとっても楽しいよ君のこと、子供だと思って甘く見たのが間違えだった。だから、次は本気で行くよ」
子供とは思えぬ邪悪な笑みを浮かべたルオと共鳴するように、〈黒の剣〉が意思を持つように低く唸った。
アレンが〈グングニール〉を懐にしまい、右手をフリーにした。今度は?右手?で殴ってやるつもりなのだ。
「俺も本気で行くぜ。謝るなら今のうち。それとも一対一は止めにして、そこにいる兵士たちに助けてぇって頼めよ」
「一対一は朕の美学。美のなんたるかを知らぬ者に口出しされたくない」
「なにが美学だよ。喧嘩なんつーものは、勝ちゃいーんだよ、勝てば。卑怯な手を使ってもな!」
歯車がフル回転で廻り、アレンが床を蹴り上げた。
目にも止まらぬ速さとは、まさにこのことだろう。
アレンの残像だけがその場に残り、瞬き一つした間にアレンは忽然とルオの前に現れた。このアレンの一瞬の動きを眼で追えたのは――ただひとり。
まさかの出来事にアレンが眼を剥いた。
剣戟の響き。
ルオも眼を剥いて驚いた。彼の一撃は確実にアレンを捕らえたはずだったからだ。しかし、アレンは受けた。
「たかが掌で朕の一刀を受けようとは」
「たかがじゃねーよ、特別製」
大剣を受け止めているのはアレンの右手だった。そう、人ならぬアレンの右手がルオの一撃を受け止めたのだ。
どちらも動かぬ状況だった。アレンもルオも動かない。だが、四肢は振るえ、全身の力はただ一点に注がれていた。気を抜いた方が負けだ。
柄を握るルオの両手に力がこもる。
例えルオが超一流の剣技を持っていようとも、その腕力には限界がある。その点、アレンの右手が持つ力は計り知れない。だが、二人の力比べは五分と五分。
〈黒の剣〉が激しく唸った。
それはアレンにとって予期せぬ出来事であった。
四本の指が親指を残し、硬い床に落ちて音を立てた。
そして、次の瞬間には、アレンの右腕が斬り飛ばされ、宙を回転しながら飛んでいたのだ。
言葉も出ないアレン。
すべてを見ていたセレンが両手で顔を覆った。
不敵に嗤うルオに握られた〈黒の剣〉が再び低く唸る。
寒空の下で、空気が震えた。
自然の摂理すらが、あるモノに恐怖したのだ。
大剣を振りかざし、アレンに止めを刺そうとしていたルオの動きが止まった。
動きを止めたのはルオだけではなかった。この場にいた皆が動きを止めてしまった。それは本能的なものだったに違いなく、セレンは自分で気づくまで呼吸を止めてしまっていた。
美しくも恐ろしい力を秘める存在。
再び空気が震える。
それは怒りか悲しみか、それとも別の感情か。
?少女?は結界の中で慟哭していた。
二対の羽根は枯れた花のように垂れ下がり、?少女?が肩を震わせるたびに空気が震える。それはあり得ぬことだった。結界の中にいるモノが外に影響を及ぼすはずがない。空気が震えるはずがないのだ。
危機感を覚えたライザが叫んだ。
「破壊されるわ! 退却なさい、ルオ様もお引きください!」
?少女?を包む結界が、大波に揺られるように激しく波打つ。そして、液体のような壁に蜘蛛の巣のような皹が入り、みしみしと音を立てながら、少しずつ壁が剥がれ落ちていく。もう、長くは持たないと誰もが確信したとき、轟々と風が唸り声をあげ、結界が爆発した。
結界の破片が煌く粒子となって、風に乗って天に昇る。?少女?はその真下に立っていた。
「私と同じヒト……傷つけるなんて……許さない……」
掲げられた?少女?の片手にエネルギーが溜められ輝き、それを見たライザがルオに向かって叫んだ。
「お逃げください!」
「朕の辞書に逃げるなどという言葉はない!」
不敵に笑い〈黒の剣〉を構えたルオに、?少女?の手からレーザービームとも言うべき攻撃が放たれた。
突風がどこからか吹き込んだ。その風は人の形となり、ルオと?少女?の間に立ちはだかった。
「もうおよし、わしの可愛い娘――エヴァ」
その声はまさしく老婆リリスのものだった。
放たれたレーザービームはリリスの前で光の壁に弾かれ、天に向かって飛んで消えた。
突然のリリスの登場に、眼を丸くしているセレンの背中に、大柄な男が声をかけた。
「シスター、ぼさっとしてないで早く逃げるぞ」
「はい?」
セレンの振り向いた先にいたのは、気を失っているアレンを背中に担いでいるトッシュだった。
「シスターを助けに来たのはいいが、グッドタイミングだったのか、バッドタイミングだったのわからんな」
バッドタイミングだ。
?少女?――エヴァは銀盤の上を滑るように、床の上を低く飛翔し、セレンとトッシュの前に立った。だが、二人のことなど眼中にない。エヴァが見つめるのはただひとり――アレンのみだ。
「……私と同じ」
これだけだった。なにをしたわけでもない。無邪気に笑うエヴァが、ただ一言の言葉を漏らしただけで、セレンとトッシュは全身が弛緩し、腰を砕かれたように床に倒れてしまった。
床に寝転ぶアレンの頬に、エヴァの蒼白い繊手が伸びる。
「待つのじゃ!」
ゆっくりとエヴァが振り返った先にリリスが立っていた。
「よい子じゃエヴァ。わしの言葉をちゃんとお聞き」
作品名:魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)