魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-
雷光が轟き、稲妻が翔け翔け、兵士の身体を槍の如く貫いた。
燃え上がる衝撃の炎。
兵士たちが燃え揺れ、黒く焼け焦げた人影が崩れ落ち逝く。
金属板の上に膝を付き着地したアレンが、凛と顔を上げた。恐れを知らぬその顔が向けられた先にいるのは、この場でただひとり無傷でいる少年――皇帝ルオ。
自分を守っていた兵士が次々と殺られていく中で、ルオは優雅に食事を続けていた。そして、何事もなかったように、口を拭いたナプキンを投げ捨て、ゆっくりと席から立った。
ルオの周りには、彼を守るように一本の大剣が宙を廻っていた。この剣こそがアレンの攻撃をすべて防いでいたのだ。
大剣は最初から鞘に納まってなどいない。常に牙を剥き、妖々とした輝きを放っている赤黒い剣身には、読むことの叶わない古代文字がびっしりと刻まれ、剣の周りで風が唸り声をあげている。
大剣が宙を舞いながらルオの手の中に納まった。
「朕の愛剣〈黒の剣〉が君を斬りたくて仕方ないそうだ。ほら、風の音が聴こえるだろ?」
〈黒の剣〉の周りで風が唸っている。それは『早く血を飲ませろ』と言わんばかりに荒々しく殺気立っていた。まるで剣が生きているようだ。
歯車は廻り続けている。だが、それ以上はない。〈グングニール〉を構えたアレンはルオと距離を縮めることなく、その場から足を動かすことはなかった。
「俺飛び道具、あんた剣。それでどーやって戦う気なんだよ?」
「知りたくば、早く掛かってくるといい」
「あとさあ、そんなデカイ剣、あんたに使えんの?」
ルオの構える大剣は、彼よりも少し背が低い程度で、一五〇センチほどあるだろうか。通常の剣より長く、大の大人でも使いこなすのが大変なこの剣を、小柄な少年が本当に使いこなすというのだろうか?
「朕が皇帝ルオと知っての口の聞き方かい?」
「だからどーだってんだよ? 俺あんたの国民じゃないし」
こんな口の聞き方をされたのは、ルオにとって初めてだったのだろう。微かにルオの口元が緩んだ。
「くくくっ……あはは、なんて愚かな。朕もまだまだ絶対者には遠いか」
「絶対者なんか、この世にいねえよ、ばーか」
「ならば、朕が最初で最後の存在となろう。恐怖こそ力、ゆくぞ〈黒の剣〉!」
朱色のマントが舞い上がった。
切っ先を床に向けて構えるルオが駆ける。
迎え撃つは、アレンの魔導銃〈グングニール〉。
「喰らえ糞餓鬼!」
稲妻が空を横に裂き奔る。だが次の瞬間、アレンの表情が曇る。やはり無駄だった。
銃口から放たれた稲妻が〈黒の剣〉の呑み込まれていく。
魔導を無効としたルオは、そのまま臆するなくアレンの懐に斬り込んだ。
びゅんと風が唸る。
「くおっ、危ねえ!」
鼻先で切っ先を感じたアレンは、後ろに飛び退いて体制を整えようとするが、その隙すらルオは与えない。
襲い来る剣技を前に押され気味のアレンが、再び引き金に指を掛けた。
銃口が吼え、眩い雷光が辺りを包む。だが、それも一瞬の輝き。見る見るうちに稲光は〈黒の剣〉に呑まれた。
ルオは辺りを見廻した。アレンの姿が消えた。眩い光に眼が眩んだ、その一瞬にアレンが消失したのだ。
「後ろか!」
振り向いたルオが見たものは、上空から金属板の上に着地し、艦内に飛び込むアレンの姿だった。
「逃げるが勝ち!」
この勝負、分が悪いと判断したアレンは逃げることを選択したのだ。
「待て!」
「待てと言われて、待つ奴なんていねえよ!」
だが、アレンの足は止まった。
蒼白く巨大な輝きが艦内の廊下を飛んで来る。
光とともに空激破がアレンの横を擦り抜け、アレンの身体が宙に浮いて吹っ飛ばされた。
金属板に尻餅を付いたアレンが見たものは?
「…………!?」
歯車が激しい音を立てて廻りはじめた。
――ルオも見た。この場に現れた輝ける天使の姿を。
果たして天使がもたらすものは愛か平和か、それとも破壊か?
月明かり照らすこの場所で、輝ける天使とも言うべき?少女?はセレンとともに現れた。
巨大な翼から落ちる煌く粉が、風に揺れて消えていく。
?少女?は無邪気な笑みを浮かべながら口を開いた。
「私と……同じ……」
その言葉はアレンだけに向けられたものだった。
自分の胸を鷲掴みにしているアレンの表情は苦悶に満ち、額から大量の汗が零れ落ちていた。
歯車が廻る。
苦しい。
けれど、それはアレンには制御できないことだった。
床に膝をついて崩れ落ちたアレンに、すぐさまセレンが駆け寄った。
「大丈夫ですかアレンさん!?」
「ぜんぜんへーき。つーか、助けに来なくても平気だったじゃんか、損した」
「もしかしてわたしのこと助けに来てくれたんですか?」
アレンはなにも答えず立ち上がると、ルオに視線を向けた。
「ついでにその子ももらってく」
「朕を倒せたらね」
ルオの手はしっかりと?少女?の腕を掴んでいた。
「下がってろ」
アレンはそう言うと、セレンの身体を自分の後ろに押し退けた。
「アレンさん大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねえよ、ばーか」
「莫迦って、酷くありませんか!?」
「ギャーギャー喚くな。今の俺マジだから」
「…………」
まだなにか言いたそうなセレンを黙らせて、アレンは一歩前へ出た。
?少女?を捕らえているルオも一歩前へ出る。
二人の戦いが今またはじまろうとしていた。
が、女性の声が二人の間に割って入った。
「タイムよタイムよ。少しお時間をいただけないかしら?」
白い影がブーツの踵を鳴らすのを見て、ルオが低く呟いた。
「ライザか……神聖な戦いに水を注しに来たのかい?」
「いいえ、貴方が戦いたいと言うのなら、アタクシはお止めしませんわ。ただ、その前に準備を」
ライザとともに出入り口から流れ出して来た兵士がルオと?少女?を取り囲んだ。二人を取り囲んだ兵士は一・五メートルほどの筒状の物体を持っていた。
なにかを合図するようにライザが手を上げた。
「ルオ様、?少女?を放し、お下がりください」
?少女?から離れ、素早くルオが後退すると、筒を持っていた兵士機械的な動作で?少女?を取り囲み、筒を床に設置した。
筒は?少女?を囲み、その効果を発揮する。
ライザが指を鳴らすと同時に、天に向けられた筒の先端から煙と光が放出された。それは煙幕のように?少女?の周りを覆い、やがてきょとんする?少女?の前に壁ができた。それは半透明の壁。筒が結界を作り出し、?少女?を結界の中に封じたのだ。
自分を取り囲む壁に子供が興味を抱くように、好奇心の塊と化した?少女?が軽く触れた。壁に波紋が生じ、すぐに消えた。薄い羊膜のようなのに、決して破れることはない。それがこの結界の力だった。
結界の効果を確認したライザがルオに視線を向けた。
「あとは貴方のお気の召すまま」
「これで思う存分戦えるよ、ありがとうライザ」
〈黒の剣〉を一振りしたルオがアレンの顔を凝視した。
「手出しは無用。手を出した者は、あとでミンチにして家畜の餌だ」
この言葉でアレンとセレンに向けられていた銃口が床に向けられた。
帽子の上から頭を掻いたアレンが少年のように無邪気に笑う。
「大した自身だな、俺にマジで勝つ気でやんの」
作品名:魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)