魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-
「まあ、いいわ。二人ともアタクシに付いて来なさい」
踵を返してコートの裾を跳ね上げたライザの後ろを、なんの迷いもなくアレンが付いていく。その行動はセレンの理解しがたいものだった。ライザは仮にも敵なのだ。
その場に立ち竦んでいるセレンに、振り返ったアレンが声をかける。
「さっさと行くぞ」
「でも……」
口ごもるセレンに対して、アレンは人懐っこい笑顔を贈った。
「俺が守ってやんよ」
守ってやるもなにも、敵の中心に自ら入るなんて――とセレンは思ったが、アレンの表情から感じられる、底知れぬ自身を信じた。
「絶対守ってくださいよ。わたしになにかあったら一生怨みますからね!」
「任せとけって、たぶんなんとかなるからさ」
「…………」
一瞬セレンの心が揺らいだ。――やっぱり信用できないかも。それでもセレンの進み道は限られていた。
前を歩く二人をセレンは小走りで追いかけた。
一〇〇メートルばかり歩くと、鉄の囲いをされた工事現場が見えた。この中に行動入り口がある。
工事現場の中は殺伐とし、兵士たちがあれやこれやと走り回っていた。そして、ライザがこの場に来たことで、兵士たちの動きが慌しくなり、ライザの傍らに居る?少年?の顔を知っていた者は、ぎょっと眼を剥いて驚いた。
先ほどアレンがこの工事現場で暴れたことは記憶に新しい。多くの兵士は負傷して運ばれていったが、中には無傷の者や軽傷の者もいて、この場に残った者もいる。その者たちがアレンの顔を忘れるはずもなく、ライフル銃を構えて身構えた。
だが、それをすぐにライザが抑えた。
「この二人はアタクシの客人よ、銃を下ろしなさい」
兵士たちは頭を混乱させながらも、ライザの言葉に従わざるを得なかった。
すぐに上級兵がライザのもとに駆け寄ってきて敬礼した。
「地下から放出された魔導エネルギーを感知してすぐ、?鬼兵団?のキンキが何人かの兵士を引き連れて〈扉〉に向かいました」
兵士の報告を聞いて、ライザがあからさまに嫌な顔をする。
「あの脳なしの莫迦鬼が向かったの?」
「はい!」
「アナタたちも脳なしだわ!」
目の前にいた兵士の股間をブーツの踵で蹴り飛ばしたライザは、鼻で嗤いながら早歩きで坑道の入り口に向かって歩き出した。
股間を押さえて蹲る兵士を見下げながら、
「ご愁傷様」
と呑気にアレンは言って、ライザのあとを追った。そのあとを気の毒そうな顔をしたセレンがすぐに追う。
魔導を孕む空気が漂う坑道の入り口に、三人は足を踏み入れた。
白銀の長方形の箱。切れ目も繋ぎ目もない箱。その中にトッシュとリリスはいた。
先ほどまで薄暗い坑道の中にいたせいか、眩しい光で目が霞む。
目が落ち着いてきてもなにも変わらなかった。やはりなにもない部屋。
ざっと辺りを見回したトッシュが呆れた声を響かせた。
「なんだここは?」
期待していたものがなにひとつない。
空っぽの部屋の床に、トッシュは胡坐をかいて手に顎を乗せた。
「俺様はここになにをしに来たんだったか?」
苦笑する横で老婆の声でリリスが笑う。トッシュがヘルメットを取っているのに対して、リリスはまだフルフェイスのヘルメットを被っていた。
「ほほほっ、現代人は古代人よりも頭が悪くなったのかね。エネルギープラントはこの部屋の床下に眠っておるのじゃ」
「なにっ?」
「あの時代はなんでも収納して隠してしまうのが流行での、エネルギープラントも隠してあるのじゃ」
「この部屋のどこにもスイッチは見当たらないが?」
トッシュの言うとおり、部屋のどこにもスイッチはない。凹凸すらなく、切れ目すらない部屋のどこにモノを隠せるのか?
未だ武装兵の格好をしたリリスは、優雅な足取りで部屋の中心に向かった。果たして、フルフェイスの奥に隠されたリリスの顔は今?
部屋の中心で足を止めたリリスは床に肩膝を付け、右手を天井高く上げ、床に向かって振り下ろそうとした刹那、リリスの動きが止まった。
床すれすれでピタリと手を止めながら、リリスは部屋の入り口に視線を移動させた。
腰を曲げて頭を下げた巨人が部屋の中に入って来た。
立ち上がった男の背の高さは三メートルを越えていた。上半身裸の巨人の胸板は鉄板のようで、そこから伸びる腕は丸太のように太く、そして理想的な逆三角形のボディが美の輝きを放っている。だが、その上についた頭はなんと醜悪なことか。
殴られた瞬間みたいな顔をした坊主の頭の巨人が、手に持った金棒でブンと風を切った。
「オラノ名前ハ金鬼ダ。水鬼ヲ殺シタ奴、許シテオケネエ。ドコノドイツダベ?」
胡坐をかいてるトッシュが首を横に振り、リリスもぬけぬけと首を横に振った。
「わしじゃないよ。水鬼なんて奴の名前、はじめて聞いた」
「嘘付クデネエ、オマエラノ仲間ガ水鬼ヲ殺シタノハワカッテル。オラ怒ッタ!」
突然金棒を振り回し暴れ出そうとした巨人を近くにいた兵士が止める。せっかく開いた〈扉〉の中で暴れられ、施設を破壊されてしまっては元も子もない。だが、暴れまわる巨人を静止させることはできなかった。
金棒が轟々と風を唸らせ、兵士のヘルメットの中味を砕いた。銃弾を弾き返すヘルメットも、中味は打撃による衝撃に耐えられなかったのだ。地面に倒れた兵士のヘルメットの中は崩れた豆腐のようになってしまっている。
さすがに身の危険を感じた残りの兵士はライフルを構えようとしたが、その前に殴打され地面に沈んだ。巨人の割には動きが早い。
仲間殺しをした巨人金鬼は地面に足音を響かせながら、胡坐をかくトッシュの前に立った。
「オマエガとっしゅカ?」
「ああ、俺様がトッシュ様だ」
トッシュは立ち上がったが、巨人との体格の違いは明らかだ。これでもトッシュは体躯もよく、身長も一八〇センチを越える。それでも、まるで大人と子供に見えてしまう。
首を曲げて上を向くトッシュと金鬼の視線が合致する。どちらも負けず劣らずの鋭い眼をしている。
「とっしゅト言ウ男ヲ殺セ言ワレテル」
「殺れるもんなら、殺ってみな!」
遥か頭上から振り下ろされる金棒を後ろに飛び退き躱したトッシュは、愛用のハンドガンを抜いて引き金に手を掛けた。
火を噴く銃口。
放たれた銃弾は三発とも命中した。
トッシュが眼を剥いた。
「嘘だろ」
金鬼は胸板で銃弾を受け止めたのだ。そして、金属音を立てた銃弾は虚しく地面に転がった――金鬼の胸に傷ひとつ付けることもできず。
トッシュも持つハンドガン――〈レッドドラゴン〉は、五センチの鉄板を貫通する威力を誇る大口径の銃だ。それが肉すら皮膚すら貫通できなかった。
「オラノ身体ハ鋼鉄ヨリモ硬イ。銃弾ナンテ恐クナイゾ」
つまりトッシュのハンドガンは武器としての意味を成さなくなった。
頭を抱えるトッシュがリリスをチラリと見るが、
「年寄りのわしを扱き使う気かい? わしはここでおぬしらの戦いを見ておるから、思う存分戦うがよい。幸い、この部屋はおぬしらがいくら暴れても壊れんようになっとるでな」
視線を巨人に戻したトッシュは床を駆けた。
敵と距離を取りながら、作戦を練る。が、武器の効かぬ相手とどう戦う?
作品名:魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)