魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-
金鬼は金棒を無鉄砲に振り回しトッシュを追いかけてくる。巨人の割には意外に動きの素早い金鬼だが、トッシュの動きの方が素早さでは上回っている。それに金鬼の武器が金棒ということもあって、近づかれなければ負けることはない。だが、いつまでも逃げ回っているわけにはいかないだろう。
部屋中を駆け巡りながらトッシュは金鬼の金棒を見ていた。あの威力は先ほど目の当たりにしている。一発でも喰らえばアウトだ。それでもトッシュは接近戦を目論んでいたのだ。
床を蹴り上げたトッシュが速攻を決める。
金鬼との距離を一メートルに縮めたところで、トッシュが〈レッドドラゴン〉を構える。だが、金棒が地面を割るように振り下ろされて、トッシュの鼻先を通過して地面を叩いた。
グォォォン! と床が唸り声を上げるが、床にはなにひとつ傷が付いていない。リリスの言うことは本当だったらしい。
肝を冷したトッシュは再び金鬼を間合いを取っていた。
「ふぅ、死ぬところだったぜ」
冷や汗をぬ拭ったトッシュが再び速攻を決めた。
狭まる金鬼との距離。
トッシュには振り下ろされる金棒がスローモーションに見えた。
遥か頭上から振り下ろされた金棒は鼻先を通過し、床を力強く叩こうとしていた。トッシュはこの刹那に全神経を集中させた。
――僅かな隙を突く。
〈レッドドラゴン〉の照星を通して照準が定められた。
引き金が引かれ、銃口が火を噴き、また火を噴いた。
「ギャアァァァァァッ!」
奇声をあげた金鬼は金棒を投げ捨てて、両手で顔面を覆って床に膝を付いた。
続けざまに発射された銃弾は確かに金鬼を貫いたのだ――金鬼の両眼を。
指の間から血を滴り落とす金鬼は床の上を転げまわりながら泣き叫んでいた。これほどまでの苦痛は、この鉄巨人にとって初めてものだったのだろう。
仰向けになって天井に咆哮する金鬼の口の中に冷えた金属が突っ込まれた。
「俺様の勝ちだ」
金鬼の口に突っ込まれた銃口がなんども叫び声をあげた。
飛び散る血飛沫が〈レッドドラゴン〉を持つトッシュの手を紅く染める。
やがてカチカチと音を鳴らした銃は弾切れを起し、トッシュは血まみれになった金鬼の口から銃身を引き抜いた。
もうすでに金鬼は息を引き取っている。それも最初の数発目には息を引き取っていた。それがわかっていながらトッシュは撃ち続けたのだ。
屍体の傍らに跪いたトッシュは、血だらけになった手と銃を金鬼のズボンの布で拭った。普通の神経を持つ者がする行為ではない。トッシュの持つ名――?暗黒街の一匹狼?の由縁は、トッシュが単独行動を好むためではなく、誰もトッシュと組みたがらないために付けられた名前だったのだ。
立ち上がったトッシュの視線に三人の人物が目に入った。
「なんでその女と一緒にいる?」
トッシュの問いはすっ呆けた顔をしたアレンに向けられたものだった。
「一時休戦」
簡潔に述べるアレンをすぐさまセレンがフォローする。
「あ、あの、わたしの命を保証してもらう約束もして……そのぉ」
フォローになっていなかった。
鬣を靡かせながら?ライオンヘア?が一歩前に出る。
「一時休戦して、お互い無意味な争いはやめたのよ。それにしても、前よりヒッドイ顔ね、この莫迦鬼」
床に転がる屍体にライザは言葉を吐き捨てた。決して仲間とは思っていない口ぶりだ。
屍体の横を素通りしたライザはリリスの前に立った。
「アナタが〈扉〉を開けてくださった方かしら?」
「いかにもそうじゃ、ライザちゃん」
「あら、アタクシの名前を知っているだなんて、光栄だわ」
なにもない部屋を見回したライザが言葉を続ける。
「ところでエネルギープラントはどこにあるのかしら?」
「わしが目覚めさせようとしたところで、そこで眠る木偶の坊が邪魔に入ったのじゃ」
「あら、なら殺されて当然ね。では、さっそくだけどエネルギープラントを出してくれないかしら?」
「よいじゃろう」
部屋の中心まで歩いたリリスが足を止め、再び床に肩膝を付け、先ほどと同じように右手を天井高く上げ、床に向かって振り下ろそうとした。
その刹那、床に付いたリリスの手を中心して強風が吹いた。リリスの一番近くいたライザが後ろに吹き飛ばされたほどの強風だ。
風はその勢いを増し、光の波紋が部屋の中心から放たれ、光の通過した床には魔方陣らしき紋様が描かれていた。
「娘よ、お目覚め!」
リリスの声が響いた。妖女リリスの声がフルフェイスのヘルメットの奥から響き渡った。
部屋中が目も開けられぬほどの眩い光に包まれ、それが合図となって部屋中からモーター音が轟々と鳴り響いた。
光の渦の中で歯車もまた、なにかに共鳴するように激しく回転していた。
その日、クーロンが局地的な地震に見舞われた。
時間にして一〇秒にも満たなかった揺れは、轟々と地獄の叫びをあげながら地面に亀裂を走らせ、街を闊歩していた多くの者が足を取られ亀裂の中に呑まれていった。
悲鳴があがり、幼子が泣く声や獣の咆哮は、地響きに掻き消された。
悲痛の声をあげたのは人や獣だけではない。建物や道や風さえも声をあげ、ガラス製品の割れる音が街のあちらこちらから鳴り響き、街中の点けてもいない電気が勝手に点き、蛍光灯や電球が弾け飛んで割れた。
魔導炉からのエネルギー供給は一時的にストップし、電気系統のトラブルや二次災害による事故や火災が起きた。そして、多くの場所で被害が出るとともに死傷者も出てしまった。
これが自然災害ではなく、あるモノによって引き起こされた地震であることを知っているのは五人のみだ。その五人は今、クーロンの地下にいる。
銀色の箱は凄まじい輝きを放ち、リリスが部屋の中心から少し離れると、その床から鳴り響くモーター音とともに煙が立ち昇り、筒状の物体がせり上がってきた。荘厳とさえ言えるその登場は、神の光臨を思わせたほどだ。
激しい揺れによって壁に叩き付けられていたセレンだったが、やっと揺れが治まり、光も治まってきたところで、自然と部屋の中心に向かって足を運ばせていた。そう、部屋の中心に現れたモノに惹き付けられるように、足が勝手に動いてしまったのだ。
部屋の中心に現れた筒状の物体は、直径一・五メートル、高さ二メートルほどの液体が満たされた硝子ケースで、中には人型をした物体が入っていた。
硝子ケースに片手をつけたセレンは、中に入っている物体に魅了されていた。
「……綺麗」
表現力の乏しい言葉だが、そうとしか言えなかった。
中に入っていたのは可憐な?少女?だった。
硝子ケースの中に入っていたのは十三、四歳の?少女?で、衣服などはまったく身に付けていなかったが、その代わりに白と紅の翼が身体を包み込み、膝を抱えるようにして?少女?は安らかに眠っていた。その表情はまるで天使のように安らかで、世の中の穢れを知らぬ純粋無垢な顔をしていた。
腕組みをしながら?少女?を見るトッシュが、難しそうな顔をした。
「これがエネルギープラントか?」
トッシュの横でライザも難しい顔をしていた。
「人型とは聞いていたけど、ただのキメラにしか見えないわ」
作品名:魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)